マフラーの男
……カラン……カラン……カラン……
間を置いて、また三回。玄関の鈴が鳴った。
玄関扉の外側で、誰かが呼び鈴の鎖を引いている。
暖炉の火が赤く
ヴァルター社製
PPの後に、私服刑事を表す『K』の付いたこの短縮版警察拳銃の正式発売は来年……2031年らしい。しかし、どんな
錠太郎いわく「八年後の2038年採用を目指して、ヴァルター社では大型の軍用拳銃の開発も進んでいる。採用された
まだ見ぬ軍用銃の話は、ともかく……この38口径
向かいのソファでは、お抱え運転手の
「奥様……」
「こんな夜中に、どうやら
それを聞いてハッと息を飲む富喜坊。
怖がる女中に対し、三音子は続けて言った。
「安心をしな。
「……でも……もし相手が幽霊なら……」
「幽霊が呼び鈴なんて鳴らすもんかね……大丈夫だ、何かあったら大声で叫びなよ。私と
「……でも……」
「ささ、早くおし」
「行ってきます」
* * *
暖かい居間から、冷たい廊下に出た。
富喜子は、冷え冷えとした西洋館の廊下を、玄関へ向かってゆっくり歩いて行った。
玄関ホールに到着し、
高い吹き抜けの下、
「あの……どちら様ですか」
「どうか援助を」扉の向こうから聞こえて来たのは、落ち着いた男の声。「近くを
男の声も、話し方も、優しい上品な紳士風の印象。
しかし何だか布一枚を間に
富喜子は、外灯を
鉄格子入りの分厚いガラスで出来た覗き窓は、至近距離からの拳銃弾にも耐えると主人の三音子が言っていた。
覗き窓の外に現れたのは、背の高いコート姿の男。
身長は百九十センチ位ありそうだ。
重量挙げ選手も
大きな熊を思わせる肉体を持ちながら、立ち姿・
電灯に照らされた男の顔も美しかった。
見事な形の頭部に、
左右対称の小さめの
正に、美丈夫とはこの男のためにある言葉……ただし顔の上半分だけ。
顔面のちょうど真ん中から下を、これも高価そうな黒いマフラーでグルグル巻きに覆っている。
鼻、頰、口、顎……人相の下半分はマフラーに隠れて全く見えない、分からない。
女中の富喜子が、覗き窓を通して外の男を確かめる間、向こうの方でも覗き窓から富喜子を見つめ返した。
相手にしているのがこの家の主人ではなく女中だと分かると、男は「どうか御主人にお
そして言葉を続ける。
「動けない
「まずは御名前を」と女中の富喜子。「それから、お顔をお見せ下さい。そのお顔を覆っているマフラーを取って頂かなければ、主人を呼ぶわけには……」
「名は……や……山田と申します。ただ近くを自動車で通っただけの、行きずりの者です」
「……」
富喜子は「山田」と名乗った男の、一瞬の
(嘘だ……この男は、嘘の名を
玄関扉の内側に立つ女中は、外側に立つ男をさらに攻めた。「どうか、お顔を見せてください」
「そ……それは」と、ますます
「お顔を隠したまま、主人に会わせろと
「いや……これは……顔を隠しているのは何も
玄関の外に立つ男の言葉に、女中は(いったい何の話だ)と
やはりコイツは……真夜中、人里離れたこの館の敷地へ迷い込んだ、気が狂った男なのか?
「では、仕方がありません」富喜子は言って、これ以上話しても無駄だ、という顔を作って見せ、覗き窓の引き戸を閉めようとした。
「ま、待ってくれ!」と外の男。「わ、分かった……そこまで言うのなら、マフラーを取ろう……ただし……少女よ……お前が、どれほど驚こうが、どれほど衝撃を受けて泣き叫ぼうが、私は知らんぞ」
言いながら、外の男は、革手袋をした右手をゆっくりと顔へ持っていき、顔の下半分を覆っている黒いマフラーに指をかけると、それを一気に引き下げた。
「ぎゃあああ!」
覗き窓を通してその
ああ、何という醜い……何という恐ろしい顔だ……なまじ顔の上半分が美しいだけに、下半分の醜さ、恐ろしさがこれ以上ない程に強調されていた。
あまりの醜さ恐ろしさに絶叫し、直後、女中はその場にクタクタと力なく倒れてしまった。
「ああ……やはり……気絶したか」扉の外の男が
「……だから言ったのだ……こんな醜い恐ろしい顔なぞ見るべきじゃないと忠告したのだ……若い娘が……いや誰であろうと、私の顔を見ては駄目なのだ……こんな恐ろしい顔を」
男の、美しい方の上半分にある瞳が、一瞬キラリと悲しそうに光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます