訪問者
〈岬の赤レンガ屋敷〉の名で呼ばれる古く堅牢なこの館には、
その名は
普段は、お抱え運転手らしい
ある事件で
つまり声が出ない。
* * *
その夜、女中の富喜子に呼ばれ急いで駆けつけた黒目少年は、青いパジャマにスリッパ、首のまわりに赤いスカーフ、右手にレバー作動式ライフル、という、何ともチグハグな格好で居間に現れた。
女主人から、事のあらましを聞いた少年運転手、さすがに困惑の色を隠せない。
「信じられないかい? まっ、そりゃ、そうだろうね」話し終えた三音子が、最後に言った。「こんな幽霊話、誰が真面目にするもんか……って、アンタの立場で思うのは当然だ……でもね、信じておくれ。本当なんだよ……私ゃこの目で実際に見たんだ……真っ白な服を着た、真っ白な肌の
女中が
「それで鏡壱、あんたを呼んだって訳」三音子が続けた。「こんな夜中に悪いけど、私たちの護衛をして欲しいと思ってさ……私が撃ち方を教えたライフル銃と、
鏡壱は、とりあえず『わかりました』という風に
* * *
それからおよそ半時間、〈赤レンガ屋敷〉の三人の住人たちは、居間のソファに座ってラヂオの放送を聞いた。
暖炉に近い側に主婦の三音子。その隣に
合い向かいに運転手兼用心棒の鏡壱。
それぞれの前には、富喜子が
三音子の前には、茶碗の他に38口径
二連発のデリンジャーだけでは
鏡壱の横には、レバー動作式ライフル。
富喜子の25口径は、薬室から
あれを『幽霊』と呼んで良いのなら……三音子も富喜子も生まれて初めて幽霊を見たことになる。
二人とも、(とにかく今夜だけは、自室に戻って一人きりで眠るのは
もしも一人で寝ているときにあれが現れたら……と考えただけでゾゾッと身震いが来る。
少しでも賑やかな方が気分が紛れると思い、ラヂオを
ニュースに、オーケストラ、天気予報。番組は何でも良かった。
「どうやら雪も真夜中過ぎには
「……どうだかね」と三音子。「気象局の予報より、子供の下駄占いの方がまだ当たるって話だよ」
「奥様……あの……」
「何だい?」
「あの……あれは
あれとは、もちろん、真っ白な和服に身を包んだ、肌の白い美しい女のことだ。
「私に聞いたって分かる訳ないじゃないか。こっちが聞きたいよ」
「やはり、あの……幽霊……」
「
「ええ。まるでお話にある幽霊みたい……でなければ雪女……」
「ううっ! ぶるぶるっ! そんな風に呼ぶんじゃないよ! 聞いただけで震えが来る」
「あの……奥様」
「今度は、何さ?」
「蛇目髑髏党とは、何ですか?」
女主人の三音子、その言葉にハッとして、隣に座る
間近で見る富喜子の顔は、いつになく真剣……というより、追い詰められたような、思い詰めたような表情。
「あんた、さっきも、そんな怖い顔して私に
軽口を叩くように、あくまでサラリと流そうとする三音子に対し、女中の富喜子は、ますます語気を強くして「奥様っ」と叫んだ。
さすがの三音子も、女中の
蛇のような目で互いの顔を
相向かいのソファで、運転手の鏡壱が
「チェッ」と言って、女どうしの
「今回ばかりは私の負けだ、富喜坊……あんた、随分と
聞かされた意外な事実に、女中の富喜子は「アッ」と小さく声を上げ、驚きの目で
相向かいに座る鏡壱も、少し驚いた様子。
「奥様、そ、それは本当の事なのですか?」と富喜子。
「今さら嘘を言ったって仕方ないだろ」主婦の三音子は苦笑いのような表情をちょっと浮かべ、それから真顔になって、逆に富喜子を問い詰めた。
「さあ、
三音子の逆襲に、女中は目を
「エッ!」今度は三音子の方が驚く。
「私の両親は、私が六歳のときに殺されました」
と、富喜子が続けた。
「みなし児になった私は、小学校を卒業して奥様に拾って頂くまで、親戚の家を転々としながら暮らした……殺された父が、最後の最後、死ぬ直前、娘の私に言った言葉が『蛇目髑髏党』だった。『母さんは死んだ。父さんも
可憐な少女の
三音子は隣でシクシク泣いている女中を見ながら「やれやれ……何だか毒気を抜かれちまったよ……白けちまった」と低く
冷めた茶を飲もうと、テーブルの茶碗を持って口に付けようとした、その瞬間。
……カラン……カラン……カラン……
玄関の呼び鈴が鳴った。
誰かが訪ねて来た。
こんな夜中に。
人里離れた、この岬の屋敷に。
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