雪の中の女(1)
医者に決められた手順
「ご苦労だったね」と、奥様の
「はい。
若い女中は居間の壁ぎわに置かれたガラス戸棚まで行って、小振りのアルコール
暖炉の中で、
外気がどれだけ冷たかろうと、鋳鉄製の頑丈な
やがて湯が沸き、女中は湯呑みを二つ盆に
「ありがとう。富喜坊も座りなよ」と、三音子は向かいのソファを指差した。
女中も腰を落ち着けて、二人同時に湯呑みを持って茶を飲んだ。
「雪は、まだ降っているのかい」三音子がカーテンの無い窓へ視線を向けて言った。
「さあ、どうでしょう」と富喜坊。
この岬の一軒家では、日暮れ前に全ての鎧戸を閉める事にしていた。だから夜は外の様子が分からない。
「ちょいと、窓を開けて外の様子を見せておくれよ」
「はい」
女中は立ち上がり、一番近い窓の
窓の向こうは芝生を敷いた広い裏庭、その向こうは岬の先端、そのさらに向こうには真っ暗な虚空があった。
冷気が、どっと室内に侵入した。
居間から漏れる電灯の光が届く範囲で、はらはらと落ちる無数の雪の粒が見えた。
(こんな感じだった……あの夜の天空トウキョウ市も、こんな風に粉雪が降っていた)
窓の外を見つめる三音子の目が、次第に暗く
少女
ニョロニョロと嫌らしく
……あれは本当に、
(それにしちゃ、ずいぶん生々しく真に迫っていたじゃないか)
「いったい何なのさ……
思いつめた言葉が、思わず口をついて出てしまった。
小さく
富喜坊がギョッとして目を大きく見開き、三音子を凝視した。
「あっ! 奥様!」と富喜坊が叫ぶ。
「何だい? 何だってのさ……いきなり大きな声を出したりして……ビックリするじゃないか」
「奥様! 奥様! 今、何とおっしゃいました!」
「……えっ」
「い、今、
「それが、どうしたんだい?」そこでハッと気づく。「まさか! まさか、お前! お前も、その言葉を知っているのかえ?」
窓際に立っていた女中が、サッ、とスカァトを
「奥様! 奥様は
「まあ、落ち着きな……落ち着きなったら、富喜坊……」
その時、視界の
顔はそのまま富喜坊に向け、三音子は目玉だけを窓の方へ向けた。
開けっ放しの窓の外に、真っ白な着物の女が立っていた。
抜けるような白い肌の、美しい女。
ただ黒いのは
唇さえも真っ白だった。
その唇が、何事かを伝えるようにパクパクと動いた。
しかし声は発せられない。
三音子の視線に気づいた富喜坊も窓の方へ顔を向け、外に立つ美しくも異様な女の姿を確認してハッと身を
同時に、三音子もソファから立ち上がって右手を
その撃鉄を起こしながら、館の
「何者だい!」
叫びながら、三音子は暗闇に浮かぶ白い女の顔を見つめた。
知らない女の
デリンジャーの銃口の先に立つその女の真っ白な顔に、どこか見覚えがある気がして仕方なかった。
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