第6話 ミーちゃん、起きたらハンターギルドに居ました。

 ハンターギルドでの就業時間は朝五時~八時と夕方四時~八時までの七時間。ギルドが一番忙しい時間帯のお手伝いだそうだ。時給は千レト、鑑定スキル持ちということで破格の時給みたいです。トータルで八千レト貰える。え? 千レト多いって? 多くないですよ。これにはミーちゃん手当も入っているのですから。


 ギルドのお姉様方たっての希望で、休憩時間にミーちゃんと戯れたいとお願いされた。ミーちゃんも了解したのでお受けしたら、ミーちゃん手当も付けてくれることになった。子猫なのにお給料貰うなんて、ミーちゃん凄すぎだよ。ミーちゃんのヒモになろうかな……。


 仕事は明日からで、最初は雑用から始まるそうだ。バイトなんてそんなもんだね。先ずは言われたことをこなすのみ。それから、遅刻しないように念を押された。正直、目覚ましが欲しい今日この頃。みなさんはどうやって起きているのでしょうね? 宿の女将さんにでも聞いてみよう。


 今日は帰って良いと言われたので、帰ることにする。


 帰り道、服を買いに店による。二セットしか服がないのは不便だし、寝るときに着る部屋着的な服も欲しいからね。


「ごめんくださーい」

「はい、はーい。お待ちくださーい」


 お店は盛況で女性客が結構居る。男物三割、女物七割といった品揃え。こういう場所は得意じゃないので、さっさと決めて店を出ようと心に決める。


「何をお探しですか? 子猫ちゃんの服は売ってませんが、リボンやスカーフなんてどうです? 

ほら、これなんか似合いそうでしょう?」


 す、凄い押しの強さ。グイグイきます。いつの間にかミーちゃんのファッションショーが始まっていた。観客は店にいた女性のお客さん。あーでもない、こーでもないとコーディネートしている。完全に蚊帳の外。なぜ、こうなった……。


 仕方ないので自分で服を探しますか。


 今着ている神様が用意してくれた服と同じような服を探すけど、神様が用意してくれただけあって同じ質のものはなかった。神様の服はなかなかに高級品のようだ。なので、麻製のズボンとシャツとジャケットを二セットと、さすがにスエットはなかったので綿製の半ズボンとロンティっぽい服を二セット選んだ。


 その間にミーちゃんのファッションショーも終わったようなので見に行くと、みなさんにジト目で見られてしまった。俺、悪くないよね……。


「厳選した結果、こちらの品をご用意させていただきました」


 青、赤、ピンクのリボンと薄ピンクのレースのハンカチーフのようだ。


 俺が選んだ服全部で一万二千レトに対してリボンが三本ハンカチ一枚で六千五百レトもする。レースのハンカチーフはまた今度にしよう。買ってあげたいけど、ちゃんと稼げるようになるまでは我慢。いつか買ってあげる。約束だよ。


「み~」


 ミーちゃんも納得してくれたようだ。苦労かけてすまないねぇ。


 他にもタオル二枚とバスタオルを買って店を出た。良い買い物をしたと思う。


「ありがとうございました。また来てくださいね~」


 どちらかというと、俺よりミーちゃんに掛けられた気がするのは俺の気のせい?


 宿に戻ると丁度、五の鐘が鳴ったところだった。なんか一日過ぎるのが早く感じるなぁ。日本にいた時は一日がものすごく長く感じていたのに、気分的なものなのだろうな。一生懸命に生きようとすると、時間は早く進むように感じるのだろう。それだけ日本にいる時は、自堕落な生活をしていたとも言えるね……。


 部屋に荷物を置いて、ミーちゃんの首に青いリボンを巻いてあげる。良く似合っているよ。


 笑顔のミーちゃんを連れて食堂に行くと、ミーちゃんを見た女将さんが、


「あらま。ミーちゃんおめかしして、益々別嬪さんになったわね」

「み~」

「お皿持って来るから、そこに座って待ってな」


 女将さんはミーちゃんしか見えてないのだろうか? 俺の食事もちゃんと出てくるよね? 信じていますよ。女将さん!


 ミーちゃんとじゃれ合っていると、女将さんが料理を運んで来た。忘れられてなかったよ。


 ミーちゃんの猫缶を召喚して、皿に盛る。ミネラルウォーターもね。


「頂きます」

「み~」


 メニューは魚のムニエル、ソースはケチャップを使った物がかかっている。酸味が強くしてあり、淡白な魚に良く合っている。黒パンはスライスされ、ニンニク油を塗って軽くあぶったようだ。ガーリックトーストってとこかな、これも美味しい。さすが本職だけあって、既に使いこなしている感じだね。食生活が豊かになることは大変嬉しいことだよ。


 ごちそうさまを言って、女将さんが皿を下げに来た時に相談してみた。


「そうかい、仕事決まったんだ。良かったじゃないか」

「ですが、時間が食事時間に重なっていまして……」

「そのくらいの時間なら問題ないよ。終わったら食べればいいさ。うちは夜は酒場だからね。何の問題もないよ」

「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けします」

「なに言ってんだい。お互い様だよ。またなんか良いレシピがあったら教えてくれればいいさ」

「わかりました。考えておきますね」


 もう一つ聞いておきたいことがあった。


「そういえば、女将さんたちってどうやって朝起きてるんですか?」

「はぁ? そんなの慣れに決まってるさ」


 ですよねー。こればかりはどうしようもないか……。


「ネロは起きる自信がないんだね」

「はい。五の鐘の時にはハンターギルドに居ないといけないので、遅くとも四の鐘と半の時には起きないと駄目でしょうね」

「うーん。そうなると目覚ましが必要だね。残念だけどうちにはないね。取り敢えず、明日はあたしが起こしてやるよ。明日以降は、道具屋に行って目覚ましを買って来るしかないねぇ」

「目覚まし、あるんですか?」

「そりゃあるさ。クアルトの町くらいになれば売っていて当然さ。ちょっと値は張るがね」


 そうなんだ……あるんだ。明日、必ず買いに行こう。でも、高くて買えなかったりして……。


 女将さんに明日の朝のことをお願いして部屋に戻った。


 寝る用意を済ませ、猫用品スキルの実験を始める。猫缶を二個出してみる。うわぁー、だりぃー。今度はミネラルウォーターを出してみた。だいぶ、だるいです。更にもう一本出すと、目を開けているのも辛い。


 実験終了。そのままベッドに倒れ込み寝る。ミーちゃん、お休み~。


「み~」




 朝、部屋をノックされ目が覚めた。


「時間だよ。ネロ」

「おはようございます。もう、大丈夫です。ふあぁ~」

「二度寝するんじゃないよ!」


 正直、二度寝したい。そんな欲求を断ち切って着替え、顔を洗って歯も磨き髪を整え準備万端。バッグを持って寝ているミーちゃんを抱っこして宿を出る。


 外は朝もやに包まれひんやりとしている。今の季節はいつなんだろう? 春っぽくすごしやすい。町はまだ薄暗いにもかかわらず。通りのお店の人たちは活動し始めている。みんな早起きだね。


 ギルドに着き建物の裏に回り中に入ると、ギルドの職員さんたちは既に仕事を始めている。


 ハンターギルドは朝六時から夜の九時までやっていて、職員さんは基本二交替制勤務になっていると聞いている。なので、今居る職員さんは早番の職員さんだ。


「おはようございます。本日からお世話になりますネロです。よろしくお願いします」

「朝からうるせぇ! 坊主。頭に響くだろが……」


 ガイスさんだ。うわぁ酒臭い、これは二日酔いに間違いない。統括主任がこれで良いのか? まさかこれがデフォルト!?

 それに挨拶は基本だよ。


「誰か、水くれ……」


 誰も反応しない……。自分の仕事に集中しているのか、はたまた無視してるだけなのか判断に苦しむ状況だ。仕方ない、昨日召喚したミネラルウォーターをあげよう。


「どうぞ」

「なんだこりゃ? 坊主?」


 そうか、この世界にペットボトルなんてあるわけないものね。蓋を開けて渡してあげる。


「変わった水筒だな。まあいい。ありがたく頂くぜ」


 ゴクゴクと一気飲み。よほど、喉が渇いていたのだろうけど豪快すぎるよ。口から漏れてるし……。


「おい坊主! てめぇ、俺に何飲ませやがった!」


 ギルド内にガイスさんの声が響き渡り、全員がこちらを凝視している。ミーちゃん用のミネラルウォーターとは言えず……。


「た、ただの水ですよ?」

「てめえ! これがただの水なわけあるかぁ!」


 バッグからもう一本出して、鑑定してみた。初級万能薬兼初級回復薬と出ていた……。何やってんの神様! って怒っているわけじゃないですよ。逆にありがとうございます! ミーちゃんだけじゃなく人間にも効く物のようです。ミーちゃんが元気なのはこれのお陰なんだね。これは最高の贈り物ですよ! 


「間違って、初級万能薬渡しちゃいました。てへぺろ♪」

「ば、万能薬だとぉ! 嘘だろ……あれ全部が初級万能薬だったっていうのかよ……少なくとも普通の十本分はあったぞ……俺は金貨十枚分も飲んじまったのかぁ……ハハハ……」


 ガイスさんはその場に崩れ去り、天井を見て笑っている。何が可笑しいのだろうか?


 それにしても、これ一本で金貨十枚ってどんだけだよ。正直、身の危険を感じる。絶対に召喚で出せることは言わないでおこう。下手したら権力者に捕まって飼い殺しにされる恐れがある。そんなの嫌だ。これは秘密だ。絶対。


 そっとペットボトルをバッグにしまう。誰も見てないよねって、全員こっちを見てるし……。空きペットボトルも回収しておく。まあ、これは誤魔化せそうだけどね。


「この忙しい時に何やってるのよ! 仕事しなさい! ガイスさんも何やってるんですか!」

「パミル。悪りぃ、今日、俺帰るわ……」

「ちょ、ちょっと、何言ってんですか!」


 ガイスさんは魂が抜けたかのような様子で、フラフラとギルドの建物から出て行ってしまった。俺のせいじゃないよね? 


「何があったの。ネロ君?」

「さ、さぁ?」

「まあいいわ。ガイスさん居ない方が捗るしね。ネロ君、こっち来て」


 パミルさんについて行き、ギルド内で一番目立つ掲示板の裏にあたる部屋に連れてこられた。表の掲示板は天井近くにあるが、表の掲示板と同じ物が目の高さにある。


「今日からここでおこなう作業が、ネロ君が専属になるからちゃんと覚えてね」


 この掲示板はハンターさんたちへの依頼を載せるものだ。掲示板は三つに分かれていて、モンスターの討伐依頼、討伐以外の依頼、昨日までの未受理の依頼に分かれている。


 最初にすることが、昨日の依頼で受けられていないものを、未受理の依頼側に書き移すこと。この掲示板、とても便利で掲示板同士が繋がっていて、裏で書いたものが表に映る仕組みになっている。なんてハイテク……。


 ミーちゃんを横のテーブルの上にタオルを敷いて寝かせる。ガイスさんの怒鳴り声を聞いても起きないミーちゃんって、大物ですなぁ。まったく起きる様子がなく、スピスピ寝息をたてているね。


 準備が整ったので掲示板に専用のペンで依頼内容、依頼期間、報酬、備考、を書き移す。移し終わると、パミルさんが一枚の紙を渡してくる。表裏にびっしりと依頼が書かれていた。どうやら、これを書かなければいけないらしい。開業時間の六時までに書き終えるだろうか? 急がないと。

「書きながら聞いてね。朝の仕事は、まずこれね。その後はここに居て、受付から入る情報通りに、掲示板にチェックを入れるの。この箱から受付の声が聞こえるからちゃんと聞いていてね」


 掲示板の横にスピーカーのような物が設置されている。試しにパミルさんが受付の場所に行って実践してくれた。


『聞こえるかしら?』


 どうやって答えればいいかわからなかったので、表まで走って行って手を振って合図する。


「アハハ……ゴメンゴメン。使い方教えてなかったわね」


 スピーカーの横のボタンを押している間、相手に声が聞こえる仕組みだ。双方向ではないらしい。まんまトランシーバーだ。神様はこの世界を未熟な世界と言っていたけど、意外と科学技術は高いのじゃないのだろうか?


「ネロ君、聞いてる? ここが光ってる時は、誰かが喋ってる時だからね」

「大丈夫です。これと同じような物、使ったことがありますから」

「へぇー、そうなんだ。これってハンターギルドの専売特許なのよ? よほどのことがないと売られない物なんだけどなぁ?」

「アハハ……たまたまですよ」


 そして、仕事を始めて何とか六時前に書き終えることが出来た。ふぅー。


 ミーちゃんも起きたようで、いつの間にか知らない場所に居ることに不思議そうに、首を傾げて俺を見つめている。


「み~?」

「おはよう。ここはハンターギルドだよ」

「み~」


 女将さんから借りてきた木製の皿に、例のミネラルウォーターを注いであげる。美味しそうにチロチロ飲んでいる。これでミーちゃんの健康面は完璧だ。ついで俺も飲んでおこう。おぉー、なんかスッキリした。体から何か悪いものが抜けた感じがするし、眠気も吹っ飛んだ。なにより美味い! 水がこんなに美味いと感じたのは初めてだよ。


 ひと息ついたところでパミルさんから声がかかる。


「ネロ君。準備はいい。ハンターギルドが開くわよ!」

「はい!」


 こうして、俺のハンターギルドでの仕事が始まるのであった。


「み~」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る