第5話 ミーちゃん、ハンターギルドに行く。
「なんだ、坊主。ここはガキの来るとこじゃねぇぞ」
スキンヘッドのマッチョなオッチャンが、聞き捨てならない言葉と共に出迎えてくれる。ここは断固抗議しなければならない! 俺の沽券にかかわるからね。
「み~」
「子供じゃないですよ。これでも十八です……」
ヘタレじゃないぞ。目の前にこんな物騒な人間が居るんだ、命は大切にしないと……。
「ハァ~? 十八だと……ガキにしか見えねぇぜ。おい、パミルこっち来い!」
「もう、ガイスさん。こっちは忙しいんですよ。どこかの誰かさんが凄んでるせいで、誰もそっちに行きたがらないんですからね!」
「うるせぇ。来たがらねぇって、ちゃんとここに一人来てるじゃねぇか!」
「あら、ホントだ。ご愁傷さまなのかしら、それとも物好きなのかしら?」
金髪の美人な女性がとんでもないことを言ってますが、至って普通の性格です。
「チッ、いいからさっさとこいつを鑑定してみろ!」
「ハイハイ。ネロ、十八歳。あら、私と同じ鑑定スキル持ちね。うちで働かない?」
「マジかよ……。本当に十八なのか……採用だ。午後にもう一度ここに来い」
「あのう……」
「わかったら、さっさと消えろ!」
「ハヒッ!」
「みぃ……」
何が何だかさっぱりわかりませんが、なんか仕事が貰えるようです。ラッキー!
午後まで時間があるから、町でも見て歩こうか? ねっ、ミーちゃん。
「み~」
仕事が見つかって良かったねって顔で俺を見てくる。ありがとう! ミーちゃん! なんて清々しい朝なんだ! さあ、みなさん今日も一日頑張っていきましょう!
町をズンズン軽快に歩いていると、バザーがおこなわれている場所に着いた。ちょっと覗いて行こう。野菜にお肉、干物、色々な物が売られている。商業都市と言われるだけのことはあるね。
香辛料や調味料がないか探してみると、胡椒に黒砂糖はあったけど高すぎて手が出ない。
その代わりに、加工すれば調味料などになりそうな物はいくつか見つかった。
そのひとつがニンニク。鑑定でニンニクと出ているから間違いない。これは買いだね。五十レトで五つも売ってくれた。安い!
他にもトマトも見つけた。十個で五十レト、二個おまけしてくれたよ。後は菜種油にワインビネガー、玉ねぎ、生姜、塩を買った。ついでに小さい蓋つきの陶器の壺も四つほど買っておいた。
宿に戻って厨房を借りて調味料を作ってみよう。これでも、料理は得意。一通りの料理は作れる。
帰り道の一軒の露店の前で、ミーちゃんが急にテシテシ俺の腕を叩き始めた。武器を売っている露店のようだけどなんだろう?
ミーちゃんを見ると俺を見つめ何か訴えているようだ。ここに何かあるのかな?
露店に並んだ武器を鑑定していくと、一本の小汚い短剣が目に留まる。アーティファクトと出ている。確か人工遺物という意味だったよな? ということは価値があるということかな? 他にはこれといった物はないし、試しに買ってみるか。
「オッチャン。これいくら?」
「大銀貨一枚だ」
「オッチャン。売る気あるの?」
「小銀貨五枚だ」
「ごめん。帰る」
「小銀貨二枚と大銅貨五枚だ」
「もうひと声!」
「小銀貨二枚でお願いします……」
そこまで言われたら買うしかないよね? 小銀貨二枚渡して短剣を受け取った。良い買い物が出来たな。でもこれって本当に価値があるのかな? どーよ、ミーちゃん?
ミーちゃんは大人しいと思ったら、腕の中でスピスピ寝始めてしまっていた。ねぇどうなのよ!
「すぴぴぃー」
迷いながらも宿に戻って女将さんに厨房を借りたいと言ったら、お昼の仕込みの邪魔をしなければ良いとのことだったのでお借りする。
さすがにミーちゃんは厨房に入っちゃ駄目と、女将さんに言われ奪われてしまった。女将さん、ミーちゃんを抱っこしてニンマリしている。抱っこしたかっただけじゃないのですか? まあ良いや、ミーちゃんをお願いしますね。
厨房に入ると、がたいの良いオッチャンと若い男性が大量の野菜の皮を剥いているところだった。
「その辺にある物は自由に使っていいぞ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、使わせていただきますね」
鍋に水を入れて沸かす。沸くまでの間に買ってきたニンニクの半分をみじん切りにしておく。フライパンに菜種油を多めに入れて火を点ける。油の温度が上がってきたら、みじん切りにしたニンニクを半分ほど入れて焦がさないように炒める。良い香りがしてきたら、更に油と残りのニンニクを投入、塩少々入れてニンニク油の出来上がり。冷めたら買ってきた陶器の壺に移しておく。
お湯が沸いたので、トマトを投入。ほんの少し茹でたら笊にあげて水で冷やし、皮を剥く。あら不思議、簡単に皮が剥けちゃったじゃないですか。
その合間に残りのニンニク、玉ねぎ、生姜をすりおろしておく。
空の鍋に剥いたトマトを入れて火にかけぐちゃぐちゃにする。本当はここで裏ごしするとベストなのだけど、時間短縮のためやらない。煮詰まってきたら先ほどのすりおろした物を入れ、塩、ワインビネガーも入れて煮込む。これでなんちゃってトマトケチャップの完成。
「それは何なんだ?」
「調味料?」
いつの間にか、オッチャンと若い男性がこっちを見ていた。
言ってもわからないと思うので、玉子とお肉をもらい、玉子はオムレツにしてお肉はニンニク油で焼いてみた。オムレツになんちゃってトマトケチャップをかけて差し出す。お肉は一口サイズに切ってお皿に盛る。
「食べてみます?」
オッチャンと若い男性はそれを食堂に持っていき、女将さんを交えて試食している。
「美味いな……」
「初めて食べる味だね」
「親父、これ使えるぜ」
どうやら、お口にあったようだね。
それにしても、ミーちゃんが近寄って来ない。ニンニク、玉ねぎ、生姜。匂いのキツイ物ばかりだからだろうか? ミーちゃんに嫌われちゃったかな? 寂しいぞー!
女将さんたちは、俺が作った料理をえらく気に入ってくれたようです。旦那さんは頭を下げてまで、作り方を教えて欲しいと言ってきたくらいだからね。
もちろん喜んでレシピを教えましたよ。間違っても、五連泊以上で夕食もタダにするうえ、衣類の洗濯をしてくれると言われたからじゃありませんよ……。ありがたや、ありがたや。
それと作った調味料を今後、譲ってくれる約束もした。作るのが面倒なので大変助かる。
もうすぐ始まるお昼のランチメニューを、早速ニンニク油を使ったステーキとケチャップを使ったソテーに変更するみたい。折角なのでご相伴に与ろうと思う。
頼んだのはケチャップを使ったソテーの方、まんまポークソテーだった。少しケチャップに甘みを加えたようで、とても美味しく頂きました。さすが、本職。
ミーちゃんは猫缶とミネラルウォーターだけどね。食べてみる? って聞いてみたけど、嫌々されました。何を食べても問題ないミーちゃんだけど、猫缶が良いみたい。
お昼になるとランチを求め、多くの人がやって来る。お客が来れば来るほどお肉を焼く匂いが店の外に流れ、その匂いに誘われてまたお客がやってくる。
女将さんだけでは手が回らなくなったので、お手伝いした。ミーちゃんもカウンターでお客さんに愛嬌を振りまいている。看板娘だね。
「おい、坊主。約束忘れんなよ」
ハンターギルドで会った、ガイスさんだっけ? この人も匂いに誘われて入って来た客の一人だ。
「おい、ドガ。おめぇ、腕上がったな。これなら毎日来てやるぜ」
「うるせぇ。ほざいてろ。てめぇが来なくても、うちは繁盛してんだよ」
どうやら、宿の旦那さんと知り合いのようである。
お客さんがだいぶ落ち着いてきたところで、女将さんが約束があるなら行きなと言ってくれたので、一旦部屋に戻り下着から服まですべて着替え歯も磨く。じゃないとミーちゃんが触らせてくれないと思ったからだ。バッグを持ってカウンターで丸くなっているミーちゃんを抱っこして、ハンターギルドに向かって歩く。
ギルド内は朝の混雑とは一変して、静かな雰囲気を漂わせている。若干、併設されている酒場に屯っている人たちが、この場の雰囲気を殺伐としたものに変えている。
「おい、坊主。ぼさっと突っ立ってねぇで、こっちに来い」
「坊主じゃなくて、ネロです」
「そういう一端の口を利くようになるにはなぁ、十年早ぇーよ」
「みぃ……」
ぐぬぬ……何も言い返せない。悔しいです。ミーちゃん。
「ほらほら、紹介がまだでしょう。この恐いおじさんはガイス、これでもギルドの統括主任なのよ」
「うるせぇ。これでもは余計だ」
「それから私はパミル。受付の主任をしてるわ。よろしくね」
「ネロです。こっちはミーちゃんです」
「み~」
「見た! ガイスさん。この子凄く可愛い。この職場に足りないものは、これだったんだわ!」
「何が足りねぇって?」
「潤いよ。和みよ。癒やしよ。そう、モフモフよ!」
パミルさんは金髪の凄い美人さんだ。他の受付のお姉さんたちより年ま……お、大人の魅力に溢れた方です……。そんな怖い顔すると美人が台無しですよ。パミルさん。
それにしても、この世界にもモフラーって居るんだね。モフモフは万国共通なんだなぁ。
「この職場、私を含め美人は捨てるほど居るけど、この可愛さはなかったわ。なんて盲点だったのかしら……」
「だれが美人だって?」
このガイスさん凄いな。全体の八割が女性の職場で、それ言いますか? 呪詛を含んだ眼差しが数多く突き刺さっているのが、可視化できるのではないかと思えるほど感じられますよ。
この人は気付いていないのか? それともわかっていて言ってるのか? こういう唯我独尊的な人とは関わりたくないなぁ。
「坊主。なんか言いてえことあんなら、はっきり言えや」
「いやぁ、ガイスさんは勇者だなあと、尊敬の念を抱いてました。はい」
「そ、そうか。て、照れるじゃねぇかよ。ワッハッハ!」
結構、扱い易い人なのだろうか?
「ネロ君。あなたなかなかのやり手ね……侮れないわ、この子」
なんですか? こんな純真無垢な青年、他には居ませんよ。失礼だよね。ミーちゃん?
「みぃ……」
あるぅえ~? ミーちゃんはそう思っていないんだ……そうなんだ……ショックだよ。
「それで、ネロ君はここで働く気はあるのかしら?」
「はい。本当はハンター志望ですが、武器屋のオッチャンに鍛えて出直してこいって言われ、途方に暮れていたところに舞い降りた幸運。ミーちゃんの保護者として、ニートというのも聞こえが悪いので。喜んで粉骨砕身働かせていただきます。でもハンターになるのも諦めないですよ」
「そ、そう。ニートってのが何かわからないけど良かったわね。それにここで働けば、空いてる時間に裏の訓練場も使えるし、教官もいるからハンターを目指すなら最高の職場だと思うわ」
「ケッ! この坊主がハンターだって、町の外に出たらおっ死ぬのが関の山だぜ」
ぐぬぬ……毎度毎度、的確なご意見痛み入ります。見ていろよ、いつかギャフンと言わせてやるからな! 俺はやればで
きる子って、散々言われて来たんだ。やればできるんだ。きっと、メイビー……なんか涙が出てきたよ。
「み~」
ありがとう。ミーちゃん。俺はやるぜ! やってやるぜ! たぶん……。
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