第13話 奪還

 男たちが入っていった部屋に侵入した俺はぐるっと室内を見回す。

 中はオフィスのような設計で、さらにいくつかの部屋に分かれていた。


 俺は男たちの声がする扉の前で聞き耳を立てた。


「くそ……。きょうはひどい目にあったぜ……」

「こんなガキ一人さらうのにここまで苦労するとは」

「おまけに変なのに着けられて……、手間が増えちまった」

「この女、どう始末するよ……」


 ……妃奈ひな紅蘭くらんはこの中にいる!


 二人の奪還方法を考えていると、別の部屋から誰か出てきた。

 俺は物陰に身を隠す。


 ……あれ? この男どこかで。


 その男は苛立った様子で二人のいる部屋に入っていった。


「貴様ら! これはどういうことだ!」

「す、すまねぇ……! 現場から後をつけられていたみたいで……」

「揃いも揃って雑な仕事をしてるからだ! 貴様らとの契約は切らせてもらう!」

「おい! 馬鹿言わないでくれ!! 負傷者もいるんだぞ!」

「これで足がつくようなことになれば、私の政治生命はおろか、財閥ごと吹き飛ぶ! その時は貴様ら、負傷で済むと良いな!」


 扉越しにも殺気立った重苦しい雰囲気が伝わってくる。


「待ってくれ! もう一度チャンスをくれ!! 今度は絶対にとちらねぇ……!」

「知っての通り、我ら天人族は完全無欠の理想的な世界を実現するため、神の代行者として崇高なる神隠しを執行している。雑念を持つ貴様らには任せられん!」

「わ、分かっている……! 俺たちも神に誓って……! な、なぁ!!」

「そ、そうだ! そうだ!」


「ふんっ! その女を綺麗に始末出来たら考えてやる。話はそれからだ!」

「ありがてぇ……! お前ら、あずま先生にひれ伏せ!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 ……ん? 東?


「私はこれから会長と食事のアポイントメントがある。そこの女児は私の施設へ運んでおけ」

「かしこまりました!」


 俺は再び物陰に隠れた。

 扉が開いて先ほどの男が出てくる。


 俺はもう一度男の顔を見てはっきり思い出した。

 こいつ……、木村きむらが紹介してくれた政治家の東だ……!


「おい! なんだこれは!」


 フロアへ出た東が部屋の前で気を失っている男を見つけてがなっている。

 すると、その声に気付いた男たちがぞろぞろと東の所に集まっていった。


 俺はその隙に二人のいる部屋に入った。

 この部屋の扉はカードキーを使わなくても開くタイプだ。


「妃奈! 紅蘭!」


 二人は目隠しをされ、ガムテープで口を塞がれていた。

 俺は部屋の鍵をかけてから二人の目隠しとガムテープを外した。


「お兄ちゃん……!」

「リカク……!」


 二人は俺を見て泣きそうになっている。


「良かった……。怪我はないようだな」


 ドンドンドン!! ドンドンドンドン!!


 戻ってきた男たちが扉をたたいている。


「おい!! どうなってやがる!!」


 俺は扉越しに荒ぶる男たちと話す。


「お前ら……、よくも妃奈と紅蘭をこんな目にあわせてくれたな……!」

「はぁ?! お前誰だ!! 鍵を開けろ!!」


 こいつらとは話にならなそうだ。


「東はいるか?」


「……ここにいる。貴様は何者だ?」

「妃奈の兄だ。お前には前に友人のことで相談に乗ってもらった」

「ふぅん。思い出せないな。貴様みたいな人任せのクズ共は、私の元に大勢やってくる」


 こいつ……、あの時は化けの皮をかぶってやがったんだな……。


「貴様の要求はなんだ?」

「妃奈と紅蘭の開放に決まってるだろ!」

「ククククク……、笑止千万!」


 東は鼻で笑って俺の要求を一蹴した。


「……お前が妃奈をさらうように指示したんだな?」

「はぁん? そんなこと聞いてどうするんだ?」

「てめーじゃ何もできないロリコンチキン野郎をぶっ飛ばしてやろうと思ってな!」

「ク……貴様……! ……そうだとも! 私の指示だ!」


「東先生! 扉の鍵を持ってきました!」

「この私を侮辱しやがって……、ぶっ殺してやる!」


 ガチャ! 東が扉を開けた。


「ぶはははは! 生きて帰れると思うな! ……あ?!」


 俺は啖呵を切って入ってきた東に、スマホの画面を見せ付ける。


「全部録音させてもらった! この公開ボタンを押した瞬間にお前の罪が白日のもとにさらされる!」

「な……! ……この……糞ガキが!!」

「おっと、近づくな! 俺たちに危害を加えた瞬間にボタンを押すぞ!」


 東は苦虫を噛み締めたような顔で後ろに引いていく。


「あ、東先生!! どうしやしょう……!」


 苛立つ東が男たちを蹴り飛ばした。


「うるせぇな! 見りゃわかんだろ!!」


 俺はスマホを盾に二人を連れてフロアに出た。


「おい貴様! そのデータを今すぐ消せ! 絶対に危害は加えない!」

「その手に乗るか! 無事に帰れたら消してやるよ」

「ちっ……」


 俺は東の明け透けな提案にはのらず、三人でエレベーターに向かった。

 東は気が気じゃない様子でどこかに電話をかけている。





 高月ビルを出た俺たちは少しビルを離れてからタクシーを呼んだ。


「……お兄ちゃん……悪い人についていってごめんなさい……」


 妃奈がボロボロ涙を流している。


「よしよし。妃奈は悪くない。帰って美味しいご飯を食べよう」


 紅蘭が涙でくしゃくしゃになっている妃奈の顔をハンカチで拭く。


「私も謝らなきゃ……。リカク、今日は一日ホントにごめんね」

「いや、紅蘭がいてくれなかったらきっと妃奈を救えなかったよ」


 数分後、タクシーが到着した。


「うっ……!」


 俺の視界に光がチラつく。


「な、なんでだ……?! 何か間違っているのか……? この選択……!」


 俺は頭を抱えて考えを巡らせた。


 い……伊舞いまい……!


「紅蘭! 妃奈! 俺たちはタクシーに乗らない!」

「え……? 急にどうしたの……?!」

「まだ取り返せるはずだ……!」


 俺は二人に車に気をつけて電車で帰るように伝え、急いで高月ビルに戻った。


 チーン!


 エレベーターで再び五十八階へ。


「いやー会長! きょうもお洒落でございますね! 今夜は会長のお好きなフレンチのお店を予約してありますよ!」


 向かいから東が高齢の男と歩いてくる。

 恥ずかしげもなく太鼓持ちをしているのを見るからに、この財閥のお偉いさんなのだろう。


「おい東! 話がある!」

「うあっぷ……! き、貴様……」


 俺が大声で飛び出すと東は慌てふためいた。


「なんなんだね? この少年は」


 会長からそう問われた東の目がキョロキョロと泳いでいる。


「か、会長!! こ、こんな少年、私が知るわけないでしょう! エントランスに車を手配してあります! さ、先にお向かい下さい!」


 動揺を隠せない東が、引きつった笑顔でお辞儀をして、エレベーターに乗り込む会長を見送った。 


「貴様……! 何故戻ってきた! 今頃スクラップにされているはずだろ……!」


 エレベーターのドアが閉まるやいなや、東は俺の方を向いて恨めしそうにがなりたてる。


 なるほど……、そういうことか。


「さっきのデータはここで消してやる! その代わり話を聞かせろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る