第12話 昇降
タクシーから降りた後、俺は目の前にそびえる巨大な高層ビルの名前を確認した。
「高月ビルだって。聞いたことある?」
「……そ……そりゃあるわよ! 高月ってあの有名な財閥のことよ……!」
脇で屈みこんでいる
車酔いで嘔吐していたようだ。
高月……? どこかで聞いた覚えがあるな。
「そんなビルに何故誘拐犯が……」
「う~ん……。何だか闇が深そうね」
俺たちが入口で話し込んでいると守衛の男が出てきた。
「君たち、このビルに何か用でもあるの?」
「あー……。そ、そう! 知り合いに呼ばれてきたんだけど入り方が分からなくて……」
咄嗟に紅蘭がでまかせを言う。
「その人の名前は? 連絡してあげるよ」
「た、助かります……! 名前はえー……、あー……」
しどろもどろになる紅蘭を見て男が怪しむ。
「さ、
「あー! 佐伯さんのお知り合いなんだ! ちょっと待ってて!」
そう言うと、男は近くの守衛室に入って電話をかける。
「ちょっと。どういうこと? こんなすごい財閥に知り合いなんていたの?」
「いや、今ここを通って行った女の通行証を見たんだ。首から下げてたからさ」
「あなた……、いつからそんな抜け目のない人になったのよ……」
ほどなくして男が守衛室から出てきた。
「ごめん。どうやら今席を外してるみたいだから、一階のロビーで待っててくれるかな?」
俺たちは守衛の男の案内で高月ビルに入っていった。
*
高月ビルは地上五十八階、地下六階の超高層タワービルだ。
十回くらいまでは吹き抜けになっていて、エレベーターがいくつも設置されている。
ロビーにはいくつかインフォメーションがあり、気品のある受付嬢たちが迎えてくれた。
俺たちは佐伯という女が戻るまでの間、待合スペースで待つことになった。
「ねぇ……、これからどうする気なの……? ここにいたら直にばれちゃうわよ……」
紅蘭が不安げに高級そうなソファーに腰掛ける。
「……そうだな。佐伯が戻る前に動かないと」
俺は改めてロビーを見回した。
トイレの近くに非常口のドアがある。
俺たちは受付嬢にトイレに行くと伝え、その目を盗んで非常口に出た。
「気付かれないうちに地下の駐車場へ急ごう」
まだピエロたちが駐車場にいるかもしれない。
俺たちは一縷の望みにかけて階段を駆け降りた。
駐車場は地下六階の最下層にあった。
紅蘭と手分けしてピエロたちが乗っていた白い中型車を探す。
「……リカク。あったわよ」
紅蘭があっさりと車を見つけて、電話をかけてきた。
「分かった。ピエロたちはいるか?」
「うーん……。前の座席にはいないようだけど」
ピエロたちの中型車は前部座席のみに窓がついているタイプだ。
「確認してみるわね……」
「ちょっと待て。俺もすぐに行くか……」
「キャー!」
「紅蘭?! どうした!」
く……! ピエロの連中に見つかったか……!
俺は紅蘭が伝えてくれた駐車スペースへ向かった。
そこには白い中型車はあったがすでに誰もいない。
車内を覗くとピエロの衣装が何着も脱ぎ捨てられていた。
チーン!
この音は……、エレベーター!
俺は音の鳴った方向に全力疾走した。
しかし間に合わずエレベーターの扉は閉まっていた。
まだだ……!
俺は連中が乗ったエレベーターの階数表示を凝視した。
エレベーターはビルの最上階にあたる五十八階まで上がった。
俺はすぐにエレベーターを呼び出し、五十八階のボタンを押した。
チーン!
……?!
エレベーターが一階で止まる。
ドアが開くと高そうなスーツを着た男女が入ってきた。
二人は俺を見て怪訝そうな顔をしている。
「そこの方、最上階にいかれるんですか?」
緊張が走る。
「あっ……、はは……! おかしいな……、五十六階押したはずなんだけど」
「あはは。そんなこともあるんですね」
苦し紛れの言い訳で何とか誤魔化した。
その後、二人はボタンを押さなかったので五十八階に行くものと思われる。
よく見ると女の通行証には佐伯杏と書かれていた。
五十六階で降りた俺は非常口を使って最上階まであがった。
この階は一種独特の雰囲気で他の階層とは違うつくりになっていた。
月と人間を組み合わせたような不気味なエンブレムがあちこちで目に入る。
フロアはぐるっと一周できるようになっていて、いくつも部屋があるようだ。
最上階をうろついていると足音が聞こえてきた。
俺は趣味の悪いオブジェクトの後ろに身を潜める。
歩いてきたのはエレベーターで鉢合わせた男と佐伯という女だ。
「私の知り合いが訪ねてきたらしいんですけど、どこかに行ってしまったって」
「何だか怖い話だね。最近ついてないみたいだし、お祓い受けてきた方が良いんじゃないかな?」
「そうかもしれないですね。この前なんて、うちに泥棒がはいって……」
二人は世間話をしながら俺の前を通過していった。
その後をつけていくと二人は会長室と書かれた部屋の前で足を止める。
そして、身なりを正してからカードキーを使って中へ入っていった。
くそ……! 紅蘭、
最上階は思いのほか広く、どの部屋も似たような感じだ。
セキュリティーが厳重過ぎて手当たり次第に探すこともできない。
……こうなったら。
ジリリリリリリリリリ……!
俺は火災報知器のスイッチを押してオブジェクトの後ろに隠れた。
「か、火事?!」
会長室からさっきの二人、別の部屋からも何人か飛び出してきた。
そして少し離れた部屋から十名ほどの男たちがぞろぞろと出てくる。
……あそこか。
フロアに出てきた人間が火災報知機に集まってざわついている。
俺はその隙に十名ほどの男たちが出てきた部屋の近くに移動して身を潜めた。
少しして男たちが戻ってきた。
「けっ、誤作動かよ。驚かせやがって」
男たちが次々と部屋に戻っていく中、仲間と思わしき男が一人遅れてやってくる。
俺はその背後に回り、火災報知器から持ちだしていた消火器を、男の後頭部に思い切り叩き付けた。
「ぐは……!」
男はその場に倒れて気を失った。
そして俺はそいつからカードキーを奪い部屋の中に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます