第11話 追跡

 迷子か……? 急病か……? それとも……。


 紅蘭くらんから緊急の電話を受けた俺は一度深呼吸をして冷静になった。


 妃奈ひなのカバンには、母親から出かけに渡された防犯用のGPS端末が入っている。

 この端末の位置情報を追えば紅蘭たちに落ち合うことが出来るはずだ。


 紅蘭のあの様子だと、妃奈の身に異変が起きているのは間違いない。


 GPS端末の親機を取り出して二人の位置情報を確認すると、ここからそんなに離れていなかった。


 俺は端末の指し示した場所に大急ぎで向かった。

 そこは俺たちが食事をしたピザ屋だった。


 「紅蘭! 妃奈! ここにいるのか?!」


 ピザ屋に入って大声で二人を呼ぶが返事はない。

 店内をくまなく探すと床に妃奈のGPS端末が落ちていた。


 不審に思った俺は店員に妃奈のことを尋ねた。


「すみません! うさぎの刺繍のカバンを持った女の子が来ませんでしたか?」

「その女の子なら、先ほどお連れの方と店内に忘れたバルーンを取りにきましたよ」


 どうやら入れ違えたようだ。GPSはきっとその時に落としたのだろう。


 俺は大声で二人の名前を呼んで園内を探し回った。


 二人して一体どこにいったんだ……。


 園内を一周しても見つからず途方に暮れていると、先ほどのトイレの前に人だかりが出来ていた。

 近くの人に聞くと、トイレの中でぼや騒ぎがあったのだという。


 俺は気になったので人ごみをかき分けてトイレの前に行った。

 そこには消防と警察がいて何人かでトイレ内を調べていた。


 すると中から警官が出火元と思われる物を持ち出してきた。


 …………あれは!!


 それに見覚えのあった俺はその警官に駆け寄って確かめた。


「き、きみ!! なにをするんだ!」


 間違いない……。これは妃奈のバッグだ。


 半分以上焼けてしまっていたが、妃奈が好きなうさぎの刺繍ですぐに判別できた。

 そこに、もう一人の警官が別の物を持って出てきた。


 その警官の持っている物はほとんど焼けてしまっているようだ。

 そして警官はその中からスマホを一台取り出した。


 俺は目を疑った。


 そのスマホは紅蘭のものだったからだ。


「きみ! 何か知っているのか?」


 事態に愕然とした俺は警官の問いに答えることが出来なかった。


 何がどうなってるんだ……。


 それから俺はあてもなく園内をさ迷った。


 ドスン!!


「す、すみません……」


 誰かにぶつかり顔をあげると、そこにはバルーン配りのピエロがいた。

 そのピエロは何も言わずにニタっと笑みを浮かべ、そそくさと去っていった。


 ピエロ……。


 ……ん?


 俺は走ってそのピエロを追いかけた。

 しかし建物の突き当たりにぶつかってしまう。


 くそ……! 見失った!


 この違和感の正体に気付いてきた俺は何度も拳を床に打ち付けた。

 拳から流れる血が、ポトポトと落ちる悔し涙と混ざり合う。


「ぐ……。頭が……」


 その瞬間、俺の視界に閃光が走った。





 ジェットコースターを降りた後、俺は近くのトイレへ二人を迎えにいった。


 ドクンドクンドクン


 俺は深呼吸をして心拍数を抑え、嫌な感覚を少しずつ解いていった。


 トイレに到着し、あたりを見回す。


 ……いた!!


 俺はトイレの近くでジッとこちらを見ているピエロに掴みかかった。

 驚いたピエロは俺の手を振りほどき背を向けて走り出す。


 逃がしてたまるか……!


 俺の携帯が鳴る。


「リカク!! 早くこっちに来て!! 妃奈ちゃんが……!!」

「ああ! すぐにいく!」


 紅蘭から返事はなく通話はすぐに途切れた。

 ピエロが逃げる先には四、五人の別のピエロが集まって何かを囲んでいる。


「うおーーーーーー!!」


 俺が金切り声で絶叫すると、そのピエロたちは次々と口から血を吹き出した。

 そして俺が追っていたピエロと合流しぐったりしながら逃げていった。


「大丈夫か……?! 遅くなってごめんな……!」 


 そこにはピエロたちに脅された紅蘭が立ちすくんでいた。


「……へ、平気よ。それより妃奈ちゃんが……!」



「分かってる! くそ……、あいつら……!」


 ピエロを追おうとする俺を紅蘭が呼び止める。


「待って……! 私も行くわ……! こうなってしまったのは私の責任だもの……」

「紅蘭……。いまは反省している場合じゃない! 急いで追いかけよう!」


 俺たちは出口へと逃げるピエロたちを全力で追いかけた。


 これは紅蘭のせいなんかじゃない……。綿密に計画されたやり口だ。

 ピエロの格好のせいではじめは気付かなかったが誘拐犯は複数いる。

 妃奈は別のピエロが連れ去っているに違いない。


 出口まで追いかけると、ピエロたちはどこかの業者が使ってそうな白い中型車に乗り込んでいた。

 そして俺たちが近づく間もなく発車した。


「……ちっくしょー!!」


 俺が憤っている間に紅蘭がタクシーを捕まえた。


「まだよ! 追いかけるの!」


 俺たちはタクシーに乗り込みピエロたちの車を追跡した。





 ピエロたちの車は特に急ぐ様子もなく進んでいる。

 どうやら俺たちが追跡していることに気付いていないようだ。

 車は高速に入り都心部へと向かう。


「ごめんなさい……。わたしのせいで……」


 紅蘭が泣きながら俺に謝る。そして、妃奈に起きたことを説明した。

 その話によるとこうだ。


 ――あの後、紅蘭は妃奈を近くのトイレに連れて行った。しかし紅蘭がメイク直しをしている隙に妃奈がいなくなっていた。慌てて周囲を探していると、バルーンを持った妃奈がピエロと一緒に歩いているのを見つけた。紅蘭に気付いたピエロは妃奈を抱えて逃げ出した。その時に俺を見つけて電話をかけたが、別のピエロたちに邪魔をされてしまった。


 恐らく、そのピエロが妃奈を唆してピザ屋に忘れたバルーンを取りに行かせたんだ。

 妃奈のことだからバルーンを置いてきたことに悪気を感じてピエロに着いていったんだろう。


 なんにせよ、ここで見失ったらきっと妃奈は帰ってこない。

 俺はピエロたちの車を見失わないように集中して前方を見張った。


 しばらく走り続け高速から降りると、突然ピエロたちがスピードをあげはじめた。


 ……くそ! 気付かれたか!


「運転手さん! 前の車、絶対見失わないで下さい!!」

「お、お客さん……! 無茶ですよ……!」


 俺にはっぱをかけられた運転手は困った顔をしながら白い中型車を追う。

 しかしピエロたちは速度オーバーの荒い運転で俺たちをガンガン引き離す。


「もっと! もっとスピード出して!!」


 運転手も半ばやけくそ状態でタクシーをかっ飛ばした。

 紅蘭は今にも吐き出しそうになっている。


 オフィス街に差し掛かったところでピエロたちの車が速度を落とした。

 そして、その一角にある巨大な高層ビルの地下駐車場へと入っていく。


 何とか撒まかれずに済んだ俺たちも、そのビルの前でタクシーから降りた。

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