第14話 選択

 あずまは俺の提案をすんなり受け入れ、会長に時間の許しをもらってきた。

 そして互いに腹を探りあいながら個室に入る。


 東がしつこいので先ほどの音声データを消去してから話しを始めた。


「貴様、あの女児の兄貴なんだってな」

「あぁ、それがどうした」


 東がウォーターサーバーで水を汲み、一気に飲み干した。


「……んん。幼少期は苦労したな。あの時のことは忘れておらんよ」


 こいつ、一体何を言ってるんだ?


「先ず、妃奈ひなを狙った理由を教えてくれ」

「はぁ? そんなことは貴様も分かっているだろ。世の安寧あんねいには優秀な血を持つ生贄いけにえが必要なんだ」


 生贄……? 妃奈を誰かに食わせるつもりだったのか?


「……あのさ、新聞で見たんだけど、最近頻発してる幼児の誘拐事件って」

「そうとも。選ばれた子供たちは皆、我々の新たなプロジェクトの犠牲……、いや貢献者となった」


 もう言ってることがめちゃくちゃだ。


「何でも良いが、二度と妃奈には手を出すなよ」

「ふぅん。神隠しのお達しにばつをつけるのはご法度だが、私の方で何とかしてみよう」


 こいつらは誘拐のことを神隠しと呼んでいるみたいだ。


 俺はここから本題を切り出す。


「先月、お前のとこに連れてきた伊舞いまいみかこは、変わりなく保護所で静養してるんだよな?」

「ククククク……。知りたいか?」


 東の薄気味悪い笑い声でゾゾっと鳥肌が立った。


「当たり前だ! 俺の大切な友達だぞ!」

「友達……ね。誰もが君のように運命から逃れられるわけではないのだよ」


「おい! どういう意味だ!」

「貴様が彼女を私に引き合わせたことも、それがまた彼女の運命、っとだけ言っておくことにしよう」


「何の説明にもなってないぞ!」


 東が腕時計を見る。


「……悪いが時間だ。まぁ精々頑張るんだな」

「あ、東!! 待て!!」


 東は冷徹な笑みを浮かべて個室から出て行った。


 くそ……!

 何が運命だ……!

 そんなものくそくらえだ……!





「お兄ちゃん! おかえりなさい!」


 自宅に帰った俺は妃奈の姿を見てホッとした。


「妃奈、俺のこと待っててくれたんだな。ありがとう」


 俺は元気そうに振舞う妃奈の頭を撫でてやった。


 そして妃奈が眠りについた後、母親にきょうのことを話した。


「そう……、妃奈が……。……どんなに抗がっても……うちはそういう運命……なの……ね……」


 そう言いながら、母親は泣き崩れた。


「母さん、妃奈が誘拐されたことに何か心当たりがあるの?」 


 俺はすすり泣く母親の背中をさすりながら聞いた。


「……あんたが……助かったから……、妃奈も大丈夫だと……」


 母親は泣きじゃくる一方で話が全く見えてこない。


「妃奈はもう大丈夫だから。俺が守ってやるから」


 俺は話を聞くのを諦めて、ひたすら母親を元気付けた。





 翌週、俺は昼休みに紅蘭くらんを屋上へ呼び出した。

 紅蘭は先日のことを引きずっていない様子だ。


「何だか凄いことになったわよね。一時はどうなることかと……」

「ああ。お前と妃奈が無事で本当に良かった」


 紅蘭が顔を赤くする。


「わ、わたし、リカクがあんなに頼りになるなんてしらなかったわ」

「そうか? 俺はいつも間違いを選んでばかりだけどな」


 全く否定しない紅蘭。


「そういえばリカクって、基本うじうじしてるけど昔から変な時に頼りになるやつだったわよね」

「そうだったっけ?」

「ほら、小学六年の時に同じクラスの松本君が教室のベランダから落ちそうになった時も、リカクがたまたま近くにいて……」


 紅蘭が俺との思い出話に花を咲かせる。

 ことのついでに聞いてみた。


「なぁ。小さい頃のこと覚えてるか?」

「ん? いくつくらいの時のこと?」

「そうだなぁ、五歳くらい」


 紅蘭が不思議そうな顔で俺を見る。


「いやいや! 知るわけないじゃない! あなた小学生の時にこっちに引っ越してきたのよ」


 …………は?


「冗談言うなって。俺たち幼馴染だろ。幼稚園に一緒に通っていたの忘れたのか?」

「……え? なにそれ……。誰かと勘違いしてるんじゃない……?」


 紅蘭と話がかみ合わない。


 俺は生まれてからずっとこの町にいた……はずだ。

 そして、紅蘭とは幼馴染で……。……あれ?

 どこの幼稚園だ? 他の友達は? 遊び場は? 


 く……! 眩しい……!


 白昼夢……!

 いや……、これはきっと俺に与えられた選択の時間なんだ……!


 俺の視界には例の如くいくつもの幻像が映し出されている。


 違う……! これも違う……!

 どれが俺が選ぶべき運命なんだ……!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 激しい閃光が走る。





 高月ビルを出た俺たちは少しビルを離れてからタクシーを呼んだ。


「……お兄ちゃん……悪い人についていってごめんなさい……」


 妃奈がボロボロ涙を流している。


「よしよし。妃奈は悪くない。帰って美味しいご飯を食べよう」


 紅蘭が涙でくしゃくしゃになっている妃奈の顔をハンカチで拭く。


「私も謝らなきゃ……。リカク、今日は一日ホントにごめんね」

「いや、紅蘭がいてくれなかったらきっと妃奈を救えなかったよ」


 数分後、タクシーが到着した。


「うっ……!」


 俺の視界に光がチラつく。


「リカク?! 急にどうしたの……?!」

「だ、大丈夫だ……! みんな疲れてるし、早く帰ろう」


 俺たちはタクシーに乗り込んだ。

 ほどなくして妃奈と紅蘭が眠りにつく。


 あんな事件に巻き込まれたんだ、無理はないよな。

 俺も一眠りしよう……。




 プップー!! キーーーッ!!


 …………?!


 大型のトラックが前方から突っ込んでくる。


 ……東の差し金か……!! 


「くっそぉぉぉぉぉぉ!!」


 ガッシャーン!! バキバキバキバキ!!


 俺たちの乗っていたタクシーはトラックと激突して木っ端微塵になった。


 バラバラになった車内から紅蘭が妃奈を抱いて無傷で這い出てくる。

 ぼやける視界に映る二人の身体は不思議な光に包まれているように見えた。


 俺は最後の気力を振り絞ってスマホに録音した音声データの公開ボタンを押した。

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