第8話 兆し
俺は目隠しをされている子供を背負い、
幸いにして1階には誰もいなかったので玄関から建物を出ることができた。
「おい! 伊舞! 俺だ! 分かるか?!」
施設入口の鳥居まできたところでもう一度伊舞に問いかける。
しかしやはり返事はない。
背負ってきた子供をおろし目隠しを外してやった。
利発そうな可愛らしい男の子だ。
右手首は伊舞に噛まれて血だらけになっている。
「ぼく、大丈夫かい?」
「…………」
この男の子も俺の言葉に反応することはなかった。
俺は持っていたハンカチを男の子の右手に巻いて応急手当を施した。
……さて、どうしたものか……。
この状態の二人を連れて山を降りるのは追っ手もあるし体力的にも厳しい。
警察に連絡をして助けが来るのを待つしかなさそうだ。
一先ずやり過ごすため、道路沿いにある大きな岩に向かうことにした。
「ちょっと待てや。派手にやってくれたな。この糞ガキが!」
…………?!
振り返ると、
俺たちはいつの間にかカクリヨ会のやつらに包囲されていた。
「お前、自分がなにをしでかしたのかわかってんのか?」
「ああ。伊舞を連れて帰ってる。そこを退いてくれ」
「ほざけ。そのお譲さんはな、俺たち、そして多くの人間にとって必要な存在なんだ。この儀式もお譲さんがいないと成立しない。こっちはお前みたいにおふざけでやってるんじゃねぇんだよ!」
俺は震える二人を後ろに隠して、和田をにらみつける。
「うるせぇ! 伊舞は嫌がってんだ! 勝手にお前らの都合を押し付けてんじゃねぇよ!」
「ちっ! 大人をなめくさりやがって、糞ガキが……! ぶっ殺してやる!」
和田を先頭にカクリヨ会のやつらが俺に迫ってきた。
俺はカバンの中からナイフを取り出して振り回す。
「くるな! あっちへいけ!」
しかし和田たちに怯む気配はない。
「ガハハハハハっ!! あんちゃん、喧嘩したことないだろ! ナイフなんて使うのはまだ早いぜ?」
「この……!!」
俺は和田に向かってナイフを振り抜いたが、かわされて右腕を押さえられてしまった。
「ナイフはこうやって使うんだ!」
そう言うと和田はナイフを奪い、そのまま俺の左肩に突き刺した。
「う……!!」
俺は痛みでその場にひざをつく。
「どうだ痛いだろ? 俺たちをこけにした罰をもっと与えないとな」
和田は俺の左肩からナイフを抜き、容赦なく全身を滅多刺しにした。
「ぐ……! ぐは……! ぐ……! ぐお……!」
俺の苦悶の叫びが繰り返し山にこだまする。
「わ、和田さん! その辺にしときましょう……!」
頭に血が上りきっていた和田を部下が止める。
「はぁ、はぁ、はぁ……。けっ!」
和田の執拗な制裁が止まる頃には辺りが血溜りになっていた。
俺はぼやける視界の中で伊舞を探した。
やつらに連れられた伊舞はうつろな目で涙を流しているように見えた。
「ガキが面白がって首を突っ込むからこうなんだ。誰かこいつの後始末しておけよ」
和田たちは伊舞と子供を連れて建物へと戻っていった。
*
俺は持っていたハンカチを男の子の右手に巻いて応急手当を施した。
「派手にやってくれたな。この糞ガキが!」
振り返ると、和田が鬼のような形相で俺をにらみ付けている。
俺たちはいつの間にかカクリヨ会のやつらに包囲されていた。
「お前、自分がなにをしでかしたのかわかってんのか?」
…………?! これって……。
俺は震える二人を後ろに隠して周囲を確認した。
敵は和田をふくめて四人。
武器は持っていないようだ。
「なんとかいえや!!」
和田を先頭にカクリヨ会のやつらが俺に迫ってきた。
俺は和田の懐目がけてパンチを繰り出す。
「ガハハハハハっ!! あんちゃん、喧嘩したことないだろ!」
和田はパンチをかわして俺の身体を抱え込んだ。
「喧嘩っていうのは、こうやるん……、ぐおっ……!」
俺はカバンからナイフを取り出して和田の背中に突き刺した。
ナイフを引き抜くと、和田の身体から激しく血しぶきがあがる。
「くるな! あっちへいけ!」
俺は血まみれのナイフを振り回した。
和田の部下は驚いて俺から離れていく。
俺は伊舞と子供を連れて、少し既視感の残るその場を後にした。
「……あの糞ガキが……! おまえら怯んでんじゃねぇ……!! 追えー!!」
和田の怒号が山にこだまする。
*
俺は道路沿いの大きな岩を目指したが、朦朧とした伊舞と子供を連れて走るのには限界があった。
ほどなくして和田の部下三人が俺たちに追いつく。
喧嘩慣れしている和田がいないにしても三対一。
不利な状況に変わりはない。
俺は一先ずナイフでけん制してやつらとの間合いを作った。
「さっきはよくも騙しやがったな! このままじゃ俺たちはお釈迦だ! 絶対に逃がさねぇからな!」
警備役だった男が飛び出すと、他の二人も俺をめがけて襲い掛かってきた。
俺はナイフで一人目の男の腹部を刺したが、他の男たちにあえなく羽交絞めにされてしまった。
「くそ……! 離せ!」
近くで伊舞と子供が震えている。
俺は絶対にこの二人を助けるんだ……!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺の叫びと同時に羽交い絞めにしていた男たちが一斉に吹き飛んだ。
「こいつ……! 一体なにものだ?!」
腹から血を流している男が俺を見て驚きの声をあげる。
よく見ると、俺の身体には得体の知れない無数の光がまとわりついていた。
吹き飛んだ男が一人起き上がりまた殴りかかってきた。
俺はなんとか攻撃をかわして思いっきりパンチを繰り出した。
ベシ!! ……ドォォォォォォーン!!
男は俺のパンチをくらって物凄い勢いで吹っ飛んでいった。
「お、おい……、こいつやべぇぞ……!」
警備役だった男が腰を抜かしている。
「この野郎……!!」
倒れていたもう一人の男が殴りかかってきた。
俺もそれに応じてパンチを繰り出す。
ズドォォォォォォォォーン!!
……ん? 当たった……のか?
拳の感触はなかったが殴りかかってきた男は遠くで倒れていた。
俺は後ずさりをしてガクガク震えている男に睨みをきかせ、二人を連れて走り去った。
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