第9話 帰結

 俺たちはどうにか山の道路沿いまで走りきった。

 無理をさせてしまったせいで、伊舞いまいもこの子も見るからに疲れきっている。

 俺は一先ず近くにある大きな岩の陰で二人を休ませた。


 ここまで来れば一安心だ……。

 急いで警察に助けを求めよう。


 携帯で一一〇番にダイヤルをした。


 プルルルル、プルルルル


「はい、警察です。何かありましたか?」

「あ、えっと……」


 ふと伊舞の顔が目に入る。


「……すみません。間違い電話です」


 俺はそう言って電話を切った。

 伊舞が警察を拒んでいたことを思い出したからだ。


 またやつらの元に戻らせるわけにはいかない。


 ブルルルル、ブルルルル、ブルルルル……


 頭を悩ませていると知らない番号から着信が入った。


「……はい」

「リカクか?! 先生だ! お前いまどこにいる?!」


 電話をかけてきたのは担任の木村きむらだった。

 何日か家に帰っていなかったから母親が木村に連絡したのだろう。


「お前なぁ……! 電話も出ないってお母さんが心配してんだぞ!」


 心配……か。

 そんなわけないだろ。ただの体裁に決まっている。


「なぁ先生。絶対に誰にも漏らさないって約束してくれるか?」

「はぁ? なんだリカク。また変な夢でも見たのか?」


 聞いた俺が馬鹿だった。


「もういい。母さんによろしく言っといてくれ」

「あー、分かった分かった! 今からお前んとこ迎えに行くから場所を教えてくれ!」


 ここにいても埒が明かないので、とりあえず木村に来てもらうことにした。




 それから数十分後、木村が到着した。

 エッジの効いたコンパクトカーから降りてくる。


「おい! リカク! どこにいるんだ?! 」


 俺は大声を出す木村に焦って駆け寄った。


「……先生! しずかに……! しずかに……!」

「おぉいたか! なんでこんな山の中に……って、お前血まみれじゃないか…!!」

「いいから! 今は何にも言わずに頼みを聞いて欲しい……!」


 そう木村に頼み込んだ俺は伊舞と男の子を引き連れてコンパクトカーに乗り込んだ。

 俺の頼みどおり、しばらく木村は何も言わなかった。


 施設の方から車のライトらしき光がいくつも見えてきた。

 参加者たちが式場から引き上げてきているのだと思われる。


「先生!! 急いで車を出してくれ!!」

「あ…ああ! 分かった……!」


 事態を察したのか、木村が慌てて車を走らせる。


「聞きたいことは山ほどあるぞ」

「……分かってる。けど、約束は守ってくれよ」


 俺はことの一部始終を話したが木村は理解が追いついていない様子だ。


「……まぁあれだ。腹も減ってるだろうし、うちで話そうか」





 俺たちはそのまま木村の自宅にやってきた。

 木村は職場の学校近くで単身のアパート暮らしをしている。


 俺は伊舞と男の子を部屋で寝かせてから、シャワーを借りて身体についた血を洗い流した。

 そして木村が用意してくれたカップラーメンをほお張る。


「あのなリカク。伊舞のことなんだが」


 木村がゆっくりとテーブルの席に腰を掛けてばつが悪そうに話し始めた。


「知ってると思うが、伊舞の家はこの地域の有力な……」

「先生。俺は間違ったことをしたとは思ってないよ」


 俺は木村の話を強引にさえぎった。

 大人の事情というやつにはうんざりだった。


 木村が頭をかきながら俺に問いかける。


「お前はどうしたいんだ?」

「俺は伊舞を助けたい。こんなのはあいつの運命なんかじゃない」


「……それじゃあこれは、お前は正しいと思って行動した結果なんだな?」

「うん……」

「なるほど、よく分かった。……だが、一つ言わせてくれ」


 木村はそう言うと俺の目をじっと見つめた。


「これからは自分の運命にも、きちんと責任を持つようにな」


 俺は木村の言葉に少しドキッとしながら頷く。


「先生の知り合いに政治家がいる。彼なら正義感も強いし、この事態を解決してくれるかも知れない」


 突然の提案に少し戸惑ったが、他に選択肢もなかったので木村を信じることにした。





「……菟上うなかみくん。起きて……。菟上くん」


 俺はそのか細い声で目を覚ました。

 朦朧としていた伊舞が正気を取り戻したようだ。 


「い、伊舞……? もう平気なのか?」

「うん、平気だよ。……ちょっと話したいんだ」


 俺たちは木村のアパートのベランダに出た。

 それからしばらくは二人で綺麗な満月を見上げていた。


「助けにきてくれてありがとう……」

「……今夜のこと覚えているのか?」

「うん。少しだけど」


 伊舞が気まずそうな顔をしている。


「……びっくりしたでしょ? わたしがあんなことしてて」

「多少はな。けど、無理にやらされていること知ってたから」

「そう……」


 俺たちはまた、しばらく夜空を眺めた。


「あのさ……。菟上くんはなんでこんな無茶したの?」


「約束しただろ。運命変えてやるって」

「だからってこんなことしたら……!」


 伊舞が語気を強めて俺に迫ってくる。


「……いけなかったか?」


「いけないもなにも……、菟上くん死んじゃうかもだったんだよ……! うちに来た時だって……!」


 俺は自然に伊舞を抱きしめていた。


「わたしもこれで……、運命から逃げられたのかな……?」

「逃げたんじゃない。運命を変えたんだ」


「……うん。……そうだと良いな」


 伊舞は笑顔でそう言いながら頬の涙をぬぐっていた。





 翌日、俺と伊舞は木村が紹介してくれた政治家と対面した。

 目つきは鋭いが清楚でスラッとしていて、見ただけで誠実さが伝わってくる好印象な人物だ。


「はじめまして、政治家のあずまと申します。たけしくんから話は聞いています」


 岳とは木村の下の名前のことだ。

 二人は大学時代の同級生で今も仲が良いのだという。


 木村によると、東は高月たかつきグループという財閥出身の政治家で、三十代後半ながら政界ではかなりの影響力をもってるらしい。


 俺たちは木村が伝えていた話に補足する形で、東に事件の経緯を事細かく説明した。

 木村のいうように正義感が強いらしく、びっしりメモをとりながら前のめりで話を聞いてくれた。


「お二人とも辛い思いをされましたね……。そんな反社会的な行為を野放しにしておくわけには断じていきません! わたしに任せてください!」


 東はそう言うと、秘書を呼び出して早速指示を飛ばしている。

 俺たちは少しキョトンとしながらも東の助けを借りることに決めた。





 その数日後、例の施設に警察の家宅捜索が入り、カクリヨ会の幹部が摘発された。

 そして、和田たちに誘拐されたと見られる男の子の身元も判明して、無事に親元に帰された。


 伊舞は児童虐待防止法によって実家から強制的に離され、東の息がかかる保護所に預けられた。


 それから数週間が経ち、伊舞が保護所から電話をかけてきた。

 伊舞の体調のことや学校のことなど積もる話をたくさんした。


「菟上くんってさ、やっぱりわたしと似てる」

「またそれかよ。俺はそう思わないんだけどな」


「ちょっとぉ。菟上くんは鈍感だから分からないんだよ」

「そ、そうか……。ごめん」


「ふふふ」


「……早く菟上くんに会いたいな」

「うん、会えるさ。今はゆっくり休みなよ」


 こうして、一連の事件は解決した。

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