第7話 儀式

 警備役の男に足止めを食らったせいで時刻は23時をまわってしまった。

 そこからはカクリヨ会のやつらに出くわすことなく入口までたどり着く。


 会場のある建物までの経路には、あちこちにしめ縄が張られ、火が焚かれ、カルト的な雰囲気が漂っている。

 ひっそりと建物の近くまできた俺は、玄関前に和田わだとその部下たちがいたためそばに止まっていた車の陰に身を潜めた。


 携帯で話す和田の後ろに部下たちがそわそわした様子で整列している。


「連絡が入った。もうすぐここに来るぞ!」


 おい……、まさか侵入したことがばれているのか……?!

 それでこうして俺を待ち伏せしてるってわけか……。


 くそ……、どうしたら良い……! 


 必死に打開策を考えたが思い浮かばない。ここも正面を切っていくしかなさそうだ。


 俺はそばに落ちていた太目の木棒を拾い、やつらの近くに回り込む。

 そして三度ほど深呼吸をして木棒をグッと握り締めた。


 その矢先、高そうなスポーツカーが勢いよく入ってきた。

 車内から出てきた客人らしき数名の男女を和田が平身低頭で迎える。

 軽く挨拶を済ませると、和田は部下を従えて建物の中へ客人を連れていった。


 俺はその隙に杉の木をつたって2階のベランダにのぼる。その際に警報機はならなかった。





 ベランダから屋内に入ると呪文のような気味の悪い声が聞こえてくる。

 廊下に人はいない。すでに何かがはじまっているのだろう。


 俺は足音を立てずに広間近くへ移動した。

 そして閉ざされたふすまを少し開けて中の様子を見た。


 眩しい……!!


 広間の中は直視できないほどの煌々とした光で溢れていた。

 俺は目をすぼめて状況を確かめる。


「……な……! ……あれは……?! 伊舞いまい……?!」


 そこにはあの夜と同じ白装束を着ている伊舞がいた。

 錯覚だと思うが、伊舞は全身から光を放ち宙に浮いているようにも見えた。


「ちょうどこれから幣帛へいはくの儀をはじめるところだったんですよ!」

「そうであるか。間に合ってよかった。で、今月はどんな子を捧げ奉るんだ?」

「いやぁ、先月は糞ガキのせいで式の中断を余儀なくされてしまったので、特待クラスの子を用意しておりますよ」

「ふふふ……。それは楽しみざますね」


 和田が客人たちを連れて2階にあがってきた。

 俺はふすまをそっと閉め、急いで廊下の角に隠れた。


 また和田の携帯が鳴る。


「な、なんだとバカヤロー!! そいつは今どこにいるんだ!! 分からないじゃねー!! すぐに捕まえろや!!」


 和田の瞬間湯沸かし器っぷりに客人たちがドン引きしている。


「取り乱してしまい申し訳ございません……! 全くなんとも一切問題ありませんので、お先に式場へお入りなさってて下さい!」


 そう言うと、和田は大慌てで部下を引き連れて外に飛び出していった。

 客人たちは呆れた様子で広間へと入っていく。


 パチパチパチパチパチ……!!!!


 広間から割れんばかりの拍手が鳴り響く。


「ご一同ご低頭!! ご低頭願います!! 天人族の皆様がお見えになられました!!」


 拍手が鳴り止み、広間が一気に静まり返った。


「儀式の邪魔をしてしまってすまないね。気にせず続けておくれ」


 客人の一人がそう話すと、また呪文のようなものが聞こえてくる。


「それではこれより幣帛の儀を執り行って参ります」


 俺は再びふすまを少し開けて広間の様子を見ると、先ほどの光は収まっていた。

 中では礼装をした百名ほどの参加者が奥にある祭壇の方を向いて席をつらねている。

 伊舞は広間の奥に設けられた祭壇に寝かされている。


「今夜神に捧げる聖なる子です。ご一同の皆様、お祈りください」


 神官のような男が祭壇に五、六歳の子供を連れてきた。

 子供には目隠しがされている。


 ドンドンドンドンドンドンドン!! ドドン!! ドンドンドン!!


 男が祭壇の前でお辞儀をすると、その脇で太鼓が打ち鳴らされた。


「大神の神子たる身の本能を発き揚げしめ賜へ!!」


 そう男が大声で唱えると広間の空気が変わった。

 続いて、盃を持った別の男が寝ている伊舞の前に立つ。そして伊舞の口を開いて盃から何かを注いだ。


 すると伊舞がゆっくりと立ち上がり子供の手首を掴み上げた。

 伊舞は無表情のまま躊躇なくその手首に噛み付く。


 子供が苦痛に顔をゆがめる。

 伊舞の口からは血がしたたっていた。


 俺はあまりの光景に唖然としていた。


「まもなく午前〇時、神聖な満月の光の元で神が食事を行います! その間各々、神へご祈願下さい!」


 数名の男が伊舞と子供を囲み、それぞれに白いヴェールをかぶせる。

 ドンドン! とまた太鼓が鳴らされはじめ、伊舞と子供が連れられていく。

 参加者は畏怖の表情を浮かべ、涙を流しながら願っている人もいた。


 ここで式を止めないともう伊舞を助けるチャンスはない……!


 そう察した俺は用意してきた数本の発炎筒を広間に投げ込んだ。

 そして打ち上げ花火に火をつけ、天井目がけて発射させた。


 ヒュー!! バンバンバババババ!!!!


 広間に豪快な音が響き火煙が立ち込める。


「キャー!!」

「な、なんだ?! なんだ?!」


 式はストップして参加者が騒然となる。

 俺は発炎筒の煙にまぎれて広間へと突入した。


「皆様!! 皆様!! どうかご静粛に!! ご静粛に!!」


 どうにか落ち着かせようと関係者がアナウンスをするが参加者は錯乱状態だ。

 俺は狼狽する参加者たちをかき分けて伊舞の元へ急いだ。


「い、一体何事ざますか……!! 煙が……、ゴフ……!ゴフ……!」

「なんということだ……。おい!! いかなることがあっても式を続けるのだぞ!!」


 混乱する客人たちが大声で式の続行を指示している。


 俺は煙の中から伊舞を見つけ出し小声で声をかけた。


「……伊舞……! ……伊舞……! しっかりしろ……!」


 しかし伊舞は返事をすることなく、うつろな目で俺を見ていた。

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