第5話 侵入
驚く母親には転んだと言ってはぐらかしすぐに風呂に入る。
俺は伊舞に会えたことに舞い上がっていた。
シャワーが傷口にしみるがたいして痛みを感じない。
……よし! やるぞ!
鏡に映る自分の顔を見ながら気合いを入れなおした。
風呂を出て部屋に入った俺は頭の中で自分なりに状況を整理して眠りにつく。
「……またリカクが伊舞さんにご迷惑をおかけしたそうだ……。……あろうことか、ご関係の方に暴力をふるったと聞いている……。……お前、一体どんな育て方をしてきたんだ……!」
「……ごめんなさい……。……でもあなただって……!」
「……なんだ……? ……わたしにも責任があると言いたいのか……!」
深夜遅くに両親の喧騒で目を覚ました。
火種の元は他でもない俺のようだ。
「……この……!!」
激しい物音がした後、母親の泣き声が聞こえてくる。
父親が暴力をふるったのだろう。
相変わらずのクズ野郎だ。
「……これでは……またうちも……しまう。……さんの……にしばらく預かって貰えるよう……」
「……そうね……。……お願いしてみましょう……」
咽び泣く母親の声で聞こえない部分はあったが、俺をどこかの施設にでもぶち込むつもりなのだろうか。
ここにいてはまずいと悟った俺は、親にばれないようにこっそりと家から抜け出した。
*
足がかりをつかむため、俺は夜が明けてから逃げ惑う伊舞と遭遇した山の中に向かった。
断片的な記憶しかなかったため場所は曖昧だったが、幸いにして伊舞と身を潜めた大きな岩を見つけることが出来た。
すぐ近くに道路沿いに面した車一台分が通れるくらいの荒れた道がある。
あの夜、俺と伊舞はこの道を走り抜けてきたのだろう。
俺は立ち入り禁止の看板をまたいでその道に入っていった。
しばらく道なりに進むと、整備された歩きやすい道へと変わってきた。
この道は山を切り崩して人工的に作られたものなのだと思われる。
さらに先の方に特異な施設がある。
その入口らしきところには綺麗な鳥居が立っていた。
「なこかの宗教がらみなのかな……?」
俺は恐る恐る鳥居をくぐってその施設の敷地内に入った。
まだ朝方だからだろうか、人気はまるでない。
慎重に進んでいくと名の知れない神社がいくつかあり、奥に集会所のような建物が建てられていた。
あちこちに赤い文字や絵で記号のようなものがびっしりと書かれた御札が張られていて薄気味悪かった。
「あの夜、伊舞はここにいたのか」
白装束でこの施設……、考えるだけでゾッとする。
あの夜、ここで非人道的な何かが行われていたに違いない。
俺は確信に迫るべく奥にある建物の内部へ侵入を試みた。
しかし、どこも固く施錠されている。
辺りをうかがうと、いくつもの杉の木が建物を囲うように立っていた。
これをつたっていけば二階へ入れそうだ。
俺は早速杉の木をのぼり二階へ飛び移った。
ピーピーピーピーピーピーピーピー
甲高い警報音が鳴りはじめる。
「まずい……。 セキュリティーにひっかかったっぽいな……」
ブーーーーン……、ブンブーン……
…………?!
こっちに向かって車が近づいてくる。
俺は急いで地上に降りて杉の木の後ろに身を隠した。
建物前の駐車スペースに見覚えのある地味なバンが止まった。
そして、あの夜俺たちを追いかけてきたカクリヨ会のやつらが出てきた。
「おい……! 警報機がなってるぞ! 侵入者か?!」
やつらが血相を変えて建物の中に入っていく。
俺はやつらの後に続いてひっそりと内部に侵入した。
建物の中は病棟のような作りになっていた。
入ったところに事務室があり、あちこちに個室が設置されていた。
各室内に人がいるかどうかまでは確認できなかった。
俺は深呼吸を繰り返し、緊張を抑えてから二階へあがった。
二階は無機質な一階とは違ってカラフルな宗教色にあふれていた。
趣味の悪い動物の剥製や人形、高そうな掛け軸やら金箔のふすまやらが沢山飾られている。
外で見た不気味な御札もそこらじゅうに貼り付けられている。
「ちっ……、誰もいねぇじゃねぇか! 慌てさせやがって」
「鼠かなにかでも忍び込んだんですかね……」
やつらの声がする方に向かうと、そこは大きな広間になっていた。
奥の方には祭壇のようなものがセットされている。
「どっかのガキのせいで一から準備し直しだ……! 見つけたらぶっ殺してやる」
「まぁまぁ。その子のおかげで我々は咎められずに済んだわけですから……」
「ん? そう言われてみると確かにそうだな」
自分らが伊舞を逃がしたことも俺のせいにしているみたいだ。
俺は広間のふすまごしにやつらの話を盗み聞くことにした。
やつらは三人で手分けして作業をはじめた。
花を飾ったり椅子を並べたり養生をしたり、何かの催しに向けた設営作業のようだ。
「後は明日で大丈夫だろう。今回は局の要職が監視に来る。絶対にトチるなよ」
「はい! ちなみにみかこ様のご様子はどうでしたか?」
「親族からきつく怒られてしおらしくなっていたさ。16歳そこらの女の子には酷な役回りだが、あの家に生まれちまったんだから仕方あるめぇな」
また明日、伊舞はここに連れてこられて、何か酷いことをされる。
そして伊舞の言っていた通り、あいつの親族もこいつらと結託している。
胸糞悪い情報だった。
「明夜の式までに出席者の清めを済ませるぞ。それぞれ持ち回りを頼む」
ブルルルル、ブルルルル、ブルルルル……
「……ん?! 何の音だ?!」
俺のスマホのバイブレーションの音が広間にうっすらと響く。
母親からの着信だ。
和田たちがズカズカとふすまに近づいてくる。
くそ……こんな時に! とにかく逃げないと……!
俺は広間の向かいにあるベランダにあたふたと駆け出た。
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