第3話嵐の前の休息


 ニューヨークに着いてから立派なホテルの一室に入るまで、自分はとても孤独だった。日本人の彼とは空港で別れ、通訳も明日のならなければ来ないのだ。自分の横には、いかにもというボディーガードと空港で握手をして以来何も言わないドライバーの外国人だけだった。道の横は見たことのある街並みで

「こんなにニューヨークの町をテレビで見ていたんだろうか」と驚いたぐらいだった。そういえば一度ニューヨークの問題も出ていたのを思い出した。やらなかったが「簡単すぎるだろう」と自分でもわかる英語で世界中のゲーマーたちがコメントを書いていた。そのことを思い出して、ずっと眺めていたせいなのだろうか、彼らは全く自分に話しかけることもなくホテルの前に着いた。


 古くて立派な建物だった。「わあ・・・」という自分の声に二人は満足そうな顔を見せた。

それから、自分が今まで行ったホテルで、いや、これから先もここまでの所には泊まれないだろと思うような、大きな部屋に案内された。


「リラックス」


 今までの彼は何だったのかと思うほど、おどけて、にこやかなオーバーアクションでそう言った。自分はスマホの翻訳機能でこう彼に伝えた。


「委員会が開かれるまで、外出するつもりはありません」


それをガードマンと読み彼らも一安心したのだろうか、二人で楽し気にこそこそ話し、ガードマンだけを残して彼は行ってしまった。その間、高層階からの眺めを楽しみ「セントラルパーク」「タイムズスクエア」と分かりやすく説明してくれた。一時間もせずに彼は大きな包みを抱えて戻ってくると、その瞬間から、色々な臭いが部屋に立ち込めた。そして一つずつを取り出した。すべて食べ物だった。


「食べて、食べて」


と英語で二人から面白がって勧められるので、カラフルな大きなカップケーキを一口食べた。すると吐き出したい気分で口から


「あまーい! なんだこれ! 」


と言葉が出た。僕の一連の行動を見て


「ジャパニーズ!! 」


と彼らはツボにはまったように笑っていた。後で聞いたらこれを食べた日本人はみんな同じことを言い、同じような表情をするという。それが見たくてたまらなかったらしい。彼らが普段接しているような政府の要人や、それに近い人間にするわけにはいかなかったから、丁度良かったのだろう。

コミュニケ―ションツールとしては最高の働きをしてくれて、ガードマンもそれこそリラックスした状態だった。そのまま夜を迎え、食事はホテル内、部屋に二つあるベッドルームの小さい方に大きなガードマンは入っていった。

 

 一人でニューヨークの夜景を見ながら、僕は明日着る白いシャツと、濃紺のスーツを身につけた。ネクタイをする仕事ではないので、ここに来ることが決まってから、日本でも何度も練習していた。履歴書と就職活動のために買って、それ以降ほとんど着ることもなかったものだった。部屋の電気はもう落としてしまっていたので、太っていなかったら、光の町に浮かぶスーツ姿は案外格好の良いものだろうが、と自虐的にふっと笑った。

 もしここに自分のお金で来たのならば感動して興奮して、となったのかもしれないが、そうではない自分にはこの光景がスクリーンのような、ジグソーパズルのような、今そこにないもののように感じた。そういえば夜景から町を判断するというのもあった。そのことを思い出した途端、自分は顔を手で覆ってしまった。


「そうだ、明日やらなきゃいけないことは、絶対に知らなければいけないことは一つだ。この濃紺のスーツが、喪服にならなければいいけれど」


摩天楼の中、しわにならないようにスーツを脱いだ。



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