第2話エア旅行代金


 eスポーツの誕生は自分にとっては当然で、むしろ遅すぎたのではとも思う。昔からゲーム上では「神業」が存在し、それはどう見ても、製作者がそこまで考えていたのではなく、反復してやることで、偶然発見したものを究極まで鍛えてものとしか言いようがない。スーパーマリオなどはいい例だ。だが格闘ゲームなるとまたそれは違ってくる。いかに早く正確に、自分もやりはするが、あのプロたちの技には到底及ばない、また彼らはまさにアスリートだ。自分のように少し太めのゲーマーはあそこには少ない。そうだからという訳なのか、昔からパズルのゲームや謎解きの方が好きだった。ゲーム互換機のお陰で古いゲームも楽しめるから、ファミコン時代のものも今でもやっている。テトリス、テトリスフラッシュ、モアイ君、フリップル、フラッピー、ディグダグ、自分よりも年上のソフトが見事に動いてくれる。だがそれらは一応十分遊んだので、さらに面白いものはないかとネットのゲームを見て、これはいいと始めた。

極めて健全なゲームだと思った。実際これを家族全員で楽しんでいる人も多くいた。ゲーム名は


「ここはどこ? 」


数枚の写真を見てその場所がどこなのかを当てるゲームだ。都道府県を当てる、というのはテレビでもよくやってはいるが、これはもっともっと細密化している。正解するには日本の場合なら、


「○○県 ○○市 ○○区 ○○町〇丁目」とパソコン上に入れなければならない。


もちろんレベルも、制限時間も存在する。一家で楽しむ場合は無料でできる簡単なものをやっているが、レベルを上げる、制限時間を延ばす、それにはお金がかってくる。

 このゲームを開発した会社は独自で

「文字を瞬時に消す技術」

を開発したと言われていた。例えば看板、大きく書かれたその文字を、白くぼかすのではなくて、看板の色などに合うように何も書かれていない状態にすることができるのだ、一瞬で。このゲームをやって感心したのは、古い看板ならばそれらしく、小さな地名のプレート、表札に至るまで、無地の状態になっていた。レベルが低い状態ではそれはそのままだ。だが日本の名所ではない一地区を当てるのはそんなに簡単なことではない。画面を映しながら、スマホを駆使して、というのがこのゲームの攻略の仕方となる。個人情報保護法のため、表札は無料の段階でもそうなっている。


 奇抜なアイデアではないが、とても考えて作られていると、楽しむ者もとても多かった。レベルが上がるにつれ、文字の量が減ってゆく、その中で正解を見つけ出す楽しさに、自分は文字通り、はまってしまった。文字は消されているが自動販売機の横にある、その地元のサッカーチームのキャラターから答えを導き出したり、単線の線路と特徴ある駅舎の一部から探し当てたりしていた。テレビで田舎をめぐる旅などあれば、録画してみるようにもなって、実際それが役立ったこともあった。ついつい夢中になり、今まで課金した金額を見ると何度か国内旅行ができるほどになっていた。しかしそれでも自分は良いと思っていた。本当のインドア派なのか、そこに行った気になった、というより、「絶対に正解がある」というのが楽しかったのかもしれない。だがこのゲームの人口が増えるにつれ問題も起き始めた。


「難問の正解の場所に行ってきました! 」というSNSが上がった。

「ばかだなあ」それを見た時に思った。このゲームを始める際の規約にあったのだ。自分もさらりとしか見ていないが、このことは覚えていた。


「問題の場所を特定するような画像を流した場合、損害賠償を請求します」と。


 問題を作るために文字を消し、チェックを何度も行い、難問になればなるほど手がかりになるほんの小さなものだけ残してゆく。その労力は計り知れないものなのだ。流れた写真にはその配慮が全くなかった。だからその人間が騒ぎ立てるほどの損害賠償額を提示されたとしても仕方がない。それによる会社の損失は甚大となる、何故ならこのゲームは世界的なものだったからだ。


 つまり日本人が日本の土地を当てる場合と外国人がそうするのとでは、たとえかかった時間が同じでも、外国人の方がレベルが高くなる、当然のことだ。だからレベルを上げたいのならば、海外の地名を当てなければならない、これがかなり難しい。街中で売っている食材の箱や、トイレットペーパーの袋などから答えを導き出す。海外ならば民族衣装と思うかもしれないが、それでは簡単にわかってしまうので、現代色の強い街、というのが多い。一度秘境中の秘境の問題があったが、それはあまりだろうとクレームが殺到して、会社側が問題を取り下げた。

 

 そしてポケモンゴーと同じように、治安の悪い場所、危険な場所というのもない。それは安全のためだった。我々はそこにはいかないが、最大級の課金をすれば人がその町を歩いてくれるのだ。だがそのシステムも、やっている人間に答えを聞いたとかいろいろあって、現在では額にカメラを付けた人間が歩き、その人間にパソコン上から、右、左、止まってという指示しか出せない、音声は全くはいらない、言葉でもわかってしまうからだ。自分も何度かそれをやり、気が付いたら、海外旅行に行く金額を使ってしまっていた。


「たかがゲームに」とさすがにその時は思った。でも、とも思った。このゲームで勝ったからと言ってもお金が出るわけではない、これがeスポーツに選ばれることはない。それはわかる、競技者の平等性が図れないからだ。それなのに自分も他の人間も夢中になっている、何故なのか。

人は永遠に「誰かと争って勝ちたいと」思うものなのかもしれない、ずるをしてでも。アスリートの中にはドーピングをしてでもメダリストになりたいと思う人間も多いと聞く。時間を人をお金で買ってというのは、そのずるにあたるのかと考えたことはあった。でも人のお金ではない、自分の稼ぎをどう使おうといいじゃないかという気持ちの方が強くなって、そのためなのか、自分も最終レベルの問題までたどり着いた。これがクリアーできれば、皮肉なことに世界旅行のチケットが手に入ることになっていた。だが、世界中でこれをクリアーした人は誰もおらず、自分も一度挑戦して失敗、二度目は無料の抽選に当たって人を動かすことができたが、その人間が普通でないことに気付いたのか子供たちがわんさか集まってきたために、一時間という制限の中、三十分しか動けなかった。これに対して抗議をすると、

「では次回チャレンジするときに、無料で三十分人間を動かす権利を差し上げます」ということになった。

世界で最初の人間になりたい、自分も、多くの人もそう思っていたはずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る