小恐怖 文字のない街
@nakamichiko
第1話たかがゲームされどゲーム
成田空港で待ち合わせた人間が日本人で助かった、と僕は心の底から思った。昨日の朝までは日本語が話せる外国人と警察から聞かされていた。日本語が流暢とは言っても外国人ではやはり不安だったのだ。それが夜になって
「日本人が同行することになりました。しかし今度はあなたが一人でその男性と会わなければいけません。我々は空港まで車であなたを送っていきます。彼と会ったらこちらに連絡してください。その際、決して彼の顔などは撮らないようにしてください。数分後にこちらからその男性が本物であると必ず連絡します」普通の人間であるはずはなかった。だがそれでもまだ日本語で話すことができる方が、何時間もかかる初めての国際線の飛行機の中ありがたかった。
指定されたロビーの一角で彼を待っていた。
「彼はあなたの顔を知っています」
ということだが、空港のこの人込みの中、自分を見つけて一直線にやってくる男に、多少の恐怖を感じざるを得なかった。表面は身なりもきちんとしていて、細身で穏やかな感じだったが、その内側、これは自分が知らされているからかもしれないが、まるでチーターのような、いざとなったら物凄いスピードで獲物を追いかけ仕留める、その高度な本能が備わっている人間に違いなかった。一方の自分はというと、程よく太った豚の様で、自分でも時々嫌になるほどの「さえない奴」だった。
「初めまして、○○さんですね、私は・・・」と挨拶を始めたが、その苗字を覚える必要もないだろうと考えた。何故ならこの彼に会うことなど二度とない、この名前ですら、本物でないかもしれなかったからだ。
「さあ、行きましょうか、海外は初めてなのでしょう? 」その言葉に頷き、慣れた彼の案内で搭乗手続きを終えた。順調に警察からの連絡も入った。
離陸してしばらくたった時の事だった。
「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ、証言が終わったら、日本人通訳の方と観光でもと言っていますから。あまり深刻に考えず、正直に話すだけで結構です。あなたの証言に対して質問もあるでしょうが、それが威圧的であったり、というようなことはないと思います。ただ、明後日の委員会までは遠くまで出ないようにはしてください、ボディーガードもいますが、それだけは念のため、ニューヨークは危険な所もありますから」
その言葉にびっくりした。日本で取り調べがあった時は「絶対に公言しないでください」ときつく言われていたからだった。ずっとその状態だったので、逆におどおどしてキョロキョロと見まわしてしまった。すると周りの席の人間に不思議と日本人はおらず、またそのほとんどはヘッドホンをして映画か録画されたテレビ番組を見ていた。その確認ができたため、この、国際警察なのか、日本の警察なのかわからない人間が、とてもやさしい心遣いでそう言ってくれたのだと思った。
「ありがとうございます・・・」
事件が起こってから初めてこの言葉を使った気がした。
「家に帰っても、ずっと一人じゃなかったのでしょう? パソコンまで押収されて、近所の方から変な目で見られませんでした? 」
「新種のコンピューターウイルスと言ってくれたみたいなので「私も気を付けなきゃ」という感じだけでしたね」
「まあ、上手く言いましたね。警察の人間も良かったって言っていましたよ、あなたが協力的で、こちらの言う通りに動いてくれたので助かったって」
「命が危険だからって・・・」自分でも極端にその言葉ではトーンを落とした。
「そうですね、まあ、でもタダで海外旅行に行けるとでも思ってください、ちょっとご褒美とでも・・・という感じではないですかね」
「タダほど高いものは・・・と自分では感じてしまいましたが」
「そうですね、ご本人ではそうですよね、申し訳ありません」と苦笑したが、会話が案外スムーズに成り立った。それからはニューヨークの観光スポットや、注意点をまるで旅行業者のように話してくれて、二人で眠りについた。
だが座席で寝るのはこんなに窮屈なのかと感じて、眠れずに、仕方なく明後日の国連の諮問機関での応答をどうするかを考えはじめた。隣の彼はぐっすり眠っていた。慣れと仕事の疲れも当然のごとくあるのだろう。ほんの少し毛布が乱れていたようなので、キャビンアテンダントよろしく、首までかけ直した。
そして何故か呟いた。
「たかがゲーム、されどゲーム」
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