第18話:幸恵さんの肺がん手術

 池田幸恵さんの手術が2009年12月6日と言われ、この話を長男の池田和宏さんと長女の山下恵子に連絡、手術当日、12時に所沢の防衛医科大学病院の薬局待合室の前で集合する事にした。


 2009年12月6日、防衛医科大学病院で、池田松男と、和宏、恵子の3人が見守る中、午後2時から池田幸恵さんの手術が始まり、1時間で手術を終え、「先生が無事、表層のがん細胞を取り終えたので安心して下さい」と説明してくれた。


 手術後、夕方5時に病室で面会して、池田幸恵さんが、「心配かけてごめんね」と言い、不幸中の幸いで、肺がんでも一番軽いステージ1の表層型だそうで、転移の可能性も少ないし、しっかり検診して、管理していけば、再発の可能性は少なく、退院は、1週間後だと教えてくれた。退院後は、着きに1回、経過間接のため、通院するように言われた。


 12月14日、池田幸恵さんが無事退院し、飯能のマンションに戻ってきた。家に帰ってくると、池田松男が、「これから、療養して、ゆっくりと温泉に行ったりして、治療に専念しよう」と言い、「何か、こんな若い身空で、俺みたいな、爺さんと結婚して、肺がんにまでなって、何て不幸なんだろうと思うと」、と言い、松男は、大粒の涙を流して、幸恵にわびた。


 幸恵が、「そんなことはない、私こそ、小さな子供の面倒見てもらって、その上、結婚までしてくれて、私たち家族をずっと守ってきてくれた事に感謝します」と、涙を流した。


 12月24日、飯能の近くの洋食屋さんで部屋を借り切って仲間11人で盛大なクリスマスパーティーを開いた。乾杯をして、家族達も、「幸恵さんの肺がんがステージ1で再発の可能性が非常に小さく、普通の生活を送れる」と聞いて安心したようだ。



 この日、普段、お酒を飲まない池田松男が、スパーリングワインで、乾杯しビールを飲んで、佐藤幸恵さんと幼い子供の孝夫、恵子さんとの出会いを回想して、「あの頃は、幸恵さんは、旦那さんに先立たれて、子供のために一生懸命に働き、子供達を守っていた、それがいじらしくて、孝夫と恵子さんを家に呼んで、仲良くなっていった」と昔話をはじめた。


 恵子さんが、この叔父さん、良い人に決まってると、直感でわかったと言い、孝夫さんも、遠慮無く、お腹が空くと、美味しい料理をいただいたと言い、幸恵さんが、「何か、見えない運命の糸に引っ張られるようにして結婚したのかもしれない」と言うと、松男が「確かに、そうかもしれないと」しみじみと語った。


 そして、池田松男が、「これから、幸恵さんと、あまり裕福とは行かないが、ゆっくりと、楽しみながら人生を送っていこう」と宣言した。そうして夜8時になったので、子供達に、お別れを言って、家に戻った。


 家に戻ると、松男は、そのまま、こたつに入り、眠ってしまい、幸恵さんが上に厚い布団を掛けてくれ、翌朝を迎えた。朝、松男は二日酔いで、頭が痛くて、濃いコーヒーを入れて、トーストとハムサラダで朝食をとった。


 そして、幸恵さんに、「春になったら、どこ行きたい」と聞くと、「暖かい、沖縄へ行きたい」と言うと、是非、行こうと言った。その後は、と言うと、「静岡の熱海、沼津、清水あたりで、綺麗な富士山を見たい」と言うので、3月になったらドライブに出かけようと話した。


 海外はと、聞くと、

「英語苦手だから、国内で良いというので、分かった」

と答えた。やがて、年が明け2010年となった。

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