#097:放射な(あるいは、室戸の中心で、室戸を叫ぶ)

 改めて間近で永佐久ちゃんと対峙すると、ほのかなバラ系のいい匂いがふわりと来て、その女の子らしさに、陳腐な言い方ながら、胸がドキドキする。本当に意識できるほど自分の鼓動が脈打ってるのがわかるわけで。顔が、耳が熱い。


「聞いてる? ムロト」


 永佐久ちゃんはさっきの猫田さんのように、僕をからかってる風では無い。何かを……何かを確かめたい? ……そんな感じで僕の答えを待っているようだ。僕は軽く頷くと、とりあえず自分の今までのことを振り返ることにした。


「自分は……自分は小学校の頃はとにかく女の子にモテてたんです。本当に。でも中学になってからは……全然でした。友達としては見てくれても、つきあうとかの話になると、やんわりと断られたり、告白したことをバラされて、周りの女子たちから警戒されたりとか……何か、何かうまくいかなかった。それがいつしかトラウマみたいになって……中高は女の子から意識的に遠ざかってました。はじめは男友達とつるんでたりもしてましたけど、そこでも厄介なことが起きたりと……やっぱり自分、人付き合いというものが根本的に苦手だったんだな、って今思うと、そんな風に客観的に見れますけど、当時はほんと、自分の殻をびっしり体表面に張り巡らせているような……誰からも理解されない、って思い込んでうじうじしている……ほんとのダメな奴だったんです……」


 支離滅裂に吐いた僕の言葉から、永佐久ちゃんは何かを探そうとじっと聞いていてくれる。


「大学に入ったら、東京に行ったら、何かが変わるかも知れない……その思いだけで必死こいて勉強して、東京の私立になんとか受かって……母子家庭の母親に無理言って入学させてもらって上京して!! でも結局ダメだった!! なりふり構わず、自分が好きかじゃなく、自分を好きになってくれそうな相手ばかり選んで口説いて!! でもひとつもうまくいかなかった!! 当たり前ですよね? こんな奴、好きになる女なんているわけない!」


 僕はそう当り散らすように言ってから、嗚咽している自分に気づいて、何とかそれを収めようと深呼吸をしてみたりした。と、永佐久ちゃんは僕の瞳を真っ直ぐ見据えたまま、僕の両肩にそっとその小さい手を置いた。


「ムロトの恋愛がうまくいかないのは、ムロトに自信がないだけ」


 そう言ってすこし微笑んだ顔は、ツンでもデレでもない、自然な表情だった。引き込まれそうになる、純粋な表情だった。


「じ、自分……は」


 僕は何かをしゃべろうとするが、


「自分のこと、『自分』って言うのやめなさいよっ、自分に自信が無いからっ、『自分』なんて言葉で逃げんのよっ」


 再びツンの顔に戻った永佐久ちゃんに、肩を揺さぶられながらそう遮られる。自分。自分。


「男だって思ってんでしょ!? ムロトミサキは男だっ、て、そう自分に言い聞かせてなきゃ、本当の男になんてなれないんだからっ!! 言ってよ!! 僕でも俺でもいいからっ!! 『男だ』って腹の底から叫んでみなさいよっ!!」


 永佐久ちゃんの瞳が濡れて光っていた。この人は……僕を分かってくれてるんだ。いま分かった。だから……この人の言葉には……応えなくちゃいけないっ……!!


「ぼ、……ぼ、……」


 それでも、今までの悲しい記憶が、僕の喉を圧迫するかのように、それを叫ぶことを阻む。身体が拒否しているのか?


「……」


 僕はDEPを遥か彼方に撃ち放った時の感覚を呼び覚ましてみる。体内から外界へ、管が繋がったかのような感じ。アオナギが言う、分裂して、揮発して、拡散する感じ。そうだ。もう分かってるじゃないか。うおおおおおおおおおおおおっ!!


「……僕は男だっ!! 僕は……男だっ!! 僕はっ!! 男なんっだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 繋がった!! 拡散したっ!! 真夜中の公園に響き渡る大声に、内心僕はひやひやしつつも、僕は溜王の時以上の開放感やら高揚感を味わっていたわけで。目の前の永佐久ちゃんは目を赤くしながらも、可愛らしい笑顔を見せてくれていた。本当に、僕はこの人に感謝する。いくら感謝しても足りないくらい。しかし、


「ぼ、僕はそのっ……!! ほ、ほんとうにあ、ありが……」


 感謝の思いを素直に伝えようとした、僕の言葉はそこで途切れてしまった。


「!!」


 永佐久ちゃんの唇が僕のそれを塞いだからだ。


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