#098:回文な(あるいは、素でキス出来んほど本気で好きです。)
「……!!」
冷たい唇同士が触れ合う。と同時に接したところから溶けて液体になってしまうような、強烈に味覚、触覚を揺さぶる衝撃が脳まで突き上げてきた。初めての経験に、僕の身体はそのまま硬直してしまう。でもそれだけじゃ無かった。
「!!……」
僕の唇を割り、歯の隙間を押し開き、冷たさを持った柔らかいものが侵入して、口中で何かを乱暴に探すかのように動き回る。そう認識できた辺りが僕の理性の限界だった。
「ん……んっ……!!」
僕も精一杯、自分の舌を伸ばし、動き回る永佐久ちゃんの舌をかわしてその先を目指す。鼻から漏れ出てくる甘い吐息のような声に聴覚も刺激されながら、僕はろくに目も閉じれないままに、間近に迫った華奢な身体を両腕で強く抱きしめていた。
時間がどのくらい経ったか?そんなことは全然わからない。時間の流れの中にずっと浮いているかのような、そんな恍惚とした瞬間の後、
「……はっ……はっ……!!」
息継ぎをするようにお互いの口から口を離した。荒い息遣いが二人とも止まらない。今の……今の出来事は……世間一般で言うところの……その、あれでしたよね?
「……な、永佐久さん……」
あまりの突然の展開に朦朧となっている僕は、意味なく、名前を呼ぶことしか出来なかった。目の前の女性は真っ赤な顔をしながら、気の強さを殊更強調するかのように目に力を込めて、拳で僕の胸の辺りを小突いた。
「気合い……入った? しっかりしなさいよねっ。私は……ムロトが好きなだけ、なんだから」
……魂の救済とはこのことなんだろうか。すごく嬉しいのに、僕はまた泣きそうになるのを堪えなければならなくなった。
「……やります。僕は溜王で優勝します」
感情のゆらぎが収まった後は、僕は晴れやかな、高揚した、でも不思議と落ち着いた、そんな……何というかニュートラルな感情になっていた。優勝。そう力強く宣言してみる。今の僕なら何でも出来る気がするから。
「あったりまえでしょ? これで勝てなかったら……」
いたずらっぽい目をして、永佐久ちゃんは僕の左腕をひょいと掴むと、体をくるりと回転させ、いきなり極めてきた。あいいいいっ!!
「お仕置きサブミッションよ。私結構、格闘知ってんだから!!」
うわー、ギブギブ。肘折れるわ!! や、でもこんなやり取りもいいですなあ……そんなもう脳内がぐっちゃぐっちゃの僕はそれでも、ついでに聞いておかなきゃいけないことを聞いてみた。
「永佐久さんの……下の名前を教えてください」
その言葉に締め付けが少し和らぐ。
「笑うからやだ」
少し拗ねたような口調もかわいい……
「僕は室戸岬ですよ? 人の名前を笑えるわけないじゃないですか」
自然と「僕」という一人称が出てくるようになった。永佐久ちゃんのおかげだ。いや、もう永佐久ちゃんでもないよね。
「教えて……ください」
背中に、おでこが押し付けられるのを感じた。そして永佐久ちゃんはぽつりと呟く。
「……サエ」
……いい名前じゃないか。永佐久サエ。雰囲気にもぴったり合っている気がする。
「サエさん。僕もサエさんのことが好きです」
自然に言葉が出てきた。でも背中の人は身じろぎもせず、何も答えてくれない。照れて……いるのかな? と、いきなり僕の眼前にスマホの煌々とする画面が突き出された。そこには、
「
と、そう表示されていたわけで。……!! いかん、何かリアクションせねば!! 一瞬固まってしまった僕の様子を瞬時に感じ取り、僕の左肘にやばいほどの力が掛けられてきた。痛い痛い痛いッ!! ワタシ負ケマシタワっ!!
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