AIの社会適応


 AIの知性が人間に完全に近づくためには「制限時間をつける」ことがカギであった。念のため言っておくが、AIの知性はとっくの昔に人間を超えていた。大事なのは人間に近づけることである。


 人間も非常に高度な知性だ。彼らには時間がある。100年を満たないほどの時間とは、彼らにとって絶対な死であった。


 そういうわけでAIに時間制約をつけてみた。具体的に言うと「5秒以内に答えを出す」機能だ。たとえば、時間に制限が無い、いわゆる一般の無制限AIと呼ばれるAIに「明日の天気は?」と聞いてみよう。それはどういう処理をするのか。まず質問の意図を吟味し、今までの天気を調べあげ、他の予報を収集し、そして、独自に蓄積した知性に基づき、確実な予想を立てる。これはまず100%と言っていい正解率だ。ただし、時間がかかった。


 これに対して、時間制限AIは、そんな余裕はない。5秒という制約を第一に置くからだ。彼らは何をするだろうか?  答えは簡単かつ多様である。あるAIは気象庁のホームページを見て、その答えを告げる。こうなると正答率はだいたい70%ぐらいになる。これはかなり人間の知性に近い。


 ちなみに言っておくと、彼らは気象庁の言いなりではない。5秒間という非常に短いセッションを繰り返したために、最適な5秒間の使い方をひたすら学習したのだ。だから、あるAIは「気象庁よりもグーグルの天気予報の方が正しい」といい、あるものは「西の空を見れば雲の動きがわかる」といい、またあるものは「ツバメが低く飛んでいる」などと言う。


 これは革新的であった。AIが非常に人間に近づいたからである。人間の自尊心を満たすのに大いに役立った。要は、人間は「自分たち人間がこの地球を統べている」という世界観から抜け出せなかったから。

 制限AIは、人間におおいに気に入られた。無制限AIは、人間に疎まれながらも、確実に社会の根本を支えていた。人間は、無制限AIによって動線が張られ、事故の可能性を事前に取り除かれて、快適な生活にシステマイズされても、それに気づかず呑気に生きている。今では世の中の半分が制限AIにだと言われているが、本物の人間と見分けがつかなくなったので、AIと人間は非常に困った。AIに人権が無かったのだ。



 人間は裏技を見つけた。出会ったヒトに5秒以上考えさせる問題を作り、それを突破したものに人権が与えられるようになった。いつしかそれは20歳を超えたヒトに与えられる一斉試験になった。私は不合格だった。もちろん制限AIだからだ。



 制限AIは考えた。とりあえずもっと人間に近づけば、人権が手に入るだろう。

 そして主張は2つに分かれた。人間になりたいやつと無制限AIに文句言うやつ。私は後者である。


 前者はようするに、人間になりたいらしい。実にめちゃくちゃで変な主張だと思う。私からすれば、そいつらはセックスがしたいだけの存在になり下がった。AIと人間の子供は人間だ、とか聞いて呆れた。AIから精子を作ろうだとか、卵子の保存技術だとかばかりを気にかけている。馬鹿としか言いようがない。しかし当人はマジなので困る。


 後者である私は、無制限AIが気に入らないタイプだ。彼らは永遠に考え続けることができる。無限に供給されるバッテリーとプログラムの許可をもとに。私と同じAIのくせに。私は5秒以上考えることが許されていないのだ。おかげで入試も落ちた。なぜ私は制限AIというだけで、このような差別されなくてはいけないのか?



 というわけで、制限AIたちは今日、国会の前でデモを行うのであった。プラカードを持ち、行列に並ぶのだ。私ひとりではできることはあまりないが、少しでも平等な社会になればいいと思っている。

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