第89話 映画「アメリカン・アニマルズ」(2019)Point of No return を越えてしまった若者たち

映画「アメリカン・アニマルズ」

・オーデュポン「The Birds of America(アメリカの鳥類)」英国で印刷された435枚の手彩色銅版画集。時価数億円を超えるという大判色彩画集を大学図書館稀覯書コレクションから奪う。そんな冒険物語を夢見てしまった4人の大学生の実話を再現ドラマと当事者達の回想で描く。

・2018年アメリカ制作

・主演 エヴァン・ピーターズ、バリー・コーガン

・監督・脚本:バート・レイトン



 本作は冒頭で提示されるように「実話」再現ドラマパートに当事者達がその時、そして今、何を思っているか語るというトリッキーな構成を取っている。それゆえに「史実に基づく」ではなく「実話」である事が強調される。でもその実話は誰かの記憶であり、そしてその記憶は裏付けが取れない部分の信憑性の保証はない。


 たまたま大学図書館の稀覯書コレクションで見た色彩豊かな鳥類の画集の事を話したスペンサー。そこにスポーツで奨学金を得たのに試合にも出ずに刺激を追い求めたウォーレンが絡んで冒険を夢見始める。


 この作品で語られる冒険とはお城の奥にいるという王女を射止めるために城の警護の兵を倒して王女のいる塔を駆け上り連れ出そうという夢物語に似ている。

 冒険を夢想するのは勝手だ。問題は実行に移した時にいったい何をやるのかわかっているのかという事にある。オーデュポンの鳥類の絵をコレクションしたいなら大金持ちになって買い集めるというのは真っ当な方法だろう。でも彼らは一攫千金の材料にしようとして稀覯書の奪取を目論んだ。だからそこにはロマンティックな要素はない。冒険でもない。そこにあるのは強盗計画だけだ。

 城に忍び込み、塔を駆け上がって王女を連れ出そうとした時、その王女が抵抗するとか騎士は想像できないんだろうか。王女だっていろんな事を考えているし、夢だってある。そういう事を見ずに勝手な夢で誘拐しようとしているだけじゃないのか。

 本作の場合は特別コレクション室の司書の女性を「無力化」(Neutralize)するためにスタンガンを使って気絶させたのちに手足を縛り口にダクトテープを貼る事を計画していた。スタンガンを使う時点で傷害罪であり、嘔吐などで呼吸ができなくなれば傷害致死罪が問われる犯罪になる。彼らは冒険の夢が人を傷つける事を全く理解していなかった。


 この作品は冒険を夢見た物語から実際に司書に暴力を振るった瞬間、引き返し可能地点を越えてしまっ直後から様相は大きく変化する。ウォーレンは計画なんか頭から吹っ飛んでしまってパニックに陥ってしまう。お目当は完全には取り出さず挙句に落としてしまい放置して逃走。その後も冷静さを取り戻せず杜撰で場当たり的な行動を繰り返し観客を苛立たせる。


 だから彼らが逮捕された時、観客はざまあみろと思った人が多いだろう。そして、彼らが刑に服した事など語られる中で、ウォーレンとスペンサーがそれぞれの記憶と物語の視点について語る。誰かが語った事は裏付けがなければ嘘を話しているかもしれない。ただその事を聞かれてもその人物は事実だったとしか語らない。そういう霧で覆われた真実についても触れてくる。


 そして最後にある人が登場して犯人4人が行った事について客観的かつ冷静に何が彼らにかけていたのか、その事がもたらした罪について語られる。夢見た騎士が行った凶行。その巻き添えで手足を縛られ口をダクトテープで塞がれて恐怖と恥辱を味あわされた第三者である司書がいた。その人からすれば決して許される行為ではないし、そんな事を冒険として夢見た事の正当性のなさをはっきりと突きつけている。


 この作品、犯人たちが好き勝手な夢と罪、その反省を語るだけなら倫理的に許せなかったと思う。無理やり手足の自由を奪われた司書の方が沈着冷静に彼らの罪を指摘するコメントをされているからこそ意義がある作品だと言えるだろう。


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