第84話 映画「鈴木家の嘘」(2018)不思議なコメディのリアリズム

映画「鈴木家の嘘」

・引きこもりの長男が自殺。母親は遺体を見たショックで倒れて昏睡状態が続く。しばらくしてようやく覚醒した母親。そんな彼女のために残された夫や大学生の長女らはある作戦を続けざるを得なくなる。

・主演:岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮

・監督・脚本:野尻克己



 冒頭、衝撃的なシーンから始まる。にも関わらず笑いあり怒りありスピリチュアルありだけど大嘘がなく不思議なバランスで成り立っている作品となっている。「鈴木家の嘘」とは一人の母親のためのシリアスな物語でもあるからだろう。


 登場人物には意図的に不寛容な人のとっては不愉快に見える棘が仕込まれている。そしてその棘の理由が見えると一気に人物像が反転して「あの人は迷惑だ」的な断定をした登場人物の方が偏見にまみれていた事が明らかにされる。そういう形で棘が回収される事である事で一生涯逃れることの出来ない罪悪感と対峙して戦っている人達を愛おしくも描いている。


 物語は鈴木家の父、母、妹の三人の長男に起きた出来事の受容を描いている。

 父はある事が知りたくてソープランドに行くが料金の仕組みを知らず手持ちの現金も足りずで長女に何をしているのかと思われたりする。

 長女は何も知らない人が近づこうとカッコをつけて言った「暴言」にキレたりする。

 そして母はなんでも信じようとする。


 そうしている中で起きていた「長男」の物語について全てが瓦解して母が全てを知った後になおスピリチュアルな世界でお助けしますよという人が登場する。一見蛇足な展開ですが、それでも理解したいという気持ちが三人の中にあったから、その事を見せるため。藁にもすがる思いはすがってみて到底頼りになるものじゃないと気付きを得ないとそこから抜け出られない。


 そういう作品なので最後もなお知ろうという形で前に進み始めた三人の出発で終える。車の破損していた部分は修理されている事を見せる事でミッシングピースはあるけど立ち止まっているだけではないそんな家族の戦い方が描かれていた。


 もはや長男が何を考えていたのか直接聞く事は出来ない。そうだからこそ父親は少しでも理解してやりたいと願って行動していたし、母親も最後はそういう気持ちになっていたと思う。

 長女は決して許せないという感情は持っている。彼女は発見者として大変な目に遭った被害者でもある。でもその上で父親の理解したい気持ちを理解する事は出来るから最後に一緒に車に乗り込んでいたのだと思う。


 長女役の人がかわいらしく時にブチ切れたりいろんな表情を演じていてとっても良かった。また岸部一徳さんが演じたソープランドに行くというありそうでない感じの父親役、母親役の原日出子さんが夫と長女の思いと思いっきりズレた事を語っている所など的確な配役だった。


 変な作品なので身構えて見て欲しい。でも決して後味悪くはないのです。不思議な映画です。






(補足論考)プロットについて


SPOILER ALERT:「鈴木家の嘘」「グッバイ、レーニン」の物語の核心に関わる内容について触れてます。






 多くの人が指摘していますが「グッバイ、レーニン」(2003)と似たプロットとなっている。こちらはベルリンの壁崩壊前に母親が倒れて昏睡状態に陥り、ドイツ統一後に目覚めたものの社会主義国家を信じ正しく振る舞う事で亡命した夫に対抗していた母親が資本主義を見たら耐えられないだろうと東ドイツ時代を無理やり作り出してみせるという作品となっている。

 「鈴木家の嘘」は母親が全貌を知る事になるのは比較的早い。その上でスピリチュアル詐欺師エピソードが入ってくる仕掛け。今度は残された鈴木家の三人が騙されるかもしれないという局面を入れて長男の事を理解したいという気持ちでまとまって行く。


 監督は身内の方を失っていてその体験があって書かれた脚本だそうですが、母親が記憶を失っていて長男の自殺を知らないという仕掛けは父親、長女、周りの人々、ちょっと変わった行動をする事で身内を失った悲しみに負けないように振舞っている人達を丁寧に描いていた。


 野尻監督の次回作も是非見てみたい。そういう期待をさせられる作品でした。

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