第76話 映画「けいおん!」(2011)山田尚子監督最初の長編アニメーション映画

映画「けいおん!」

・軽音楽部の主人公たちが高校3年生となり卒業旅行の計画と並行して秘密裏に曲作りに熱中する。彼女たちの日常の物語を描いた作品。

・監督:山田尚子

・脚本:吉田玲子



 山田尚子さんは本作が長編アニメーション映画の第1作となった。脚本は吉田玲子さん。以後の長編アニメーション映画でも続くタッグとなった。


 山田監督は長編作品1本毎に狙いを大きく変えている印象がある。

 最新作の「リズと青い鳥」(2018)はプロローグ、エピローグを除き校舎内だけで二人の関係性の変化を感情レベルで徹底追及している。影響力は絶大で本編映画「響け!ユーフォニアム誓いのフィナーレ」(2019)でも主人公の周りで起きる出来事で部員たちの感情描写が一段と拍車を増していた(山田監督はチーフ演出で参加)。


 「聲の形」(2016)は大今良時さん原作の映画化。TV版抜きでダイレクトに映像化された。原作において膨大な設定と隠喩を仕込んで描かれており、それを2時間強の映画に仕立てる時点でも挑戦であり、更に主人公の一人である硝子が如何に何を考えているのかを行動だけで見せていくという俳優、演出、脚本とも挑戦に挑み成功している。


 「たまこラブストーリー」(2014)は京都アニメーションで珍しい原作を持たないオリジナルTVアニメ「たまこマーケット」の続編として作られたオリジナル長編アニメーション映画となった。TV版も山田監督が手掛けた作品だったが、映画では主人公たちの日常とその中で生まれる好きという感情の発見だけに的を絞って描いた。


 そして「けいおん!」(2011)。TV版を経由しての新作続編映画化。高校3年生、卒業が見えてきた主人公達が卒業旅行、そしてある目的のための新曲作りという日常を描いていく。本作の日常は受験などあまり意識させる事なく卒業に向けて行った2つのハレの日を取り上げて見せている。日常の中からのちょっとした逸脱の記憶を物語にしている。

 原作で登場人物達の家の裕福さなどあって非現実感が時に目に付く。英国に行ってホテルを間違えたりとか実写映画でありそうな学生海外旅行ものを地で行く非現実感のある状況を敢えてぶち込んでおきながら、その上で彼女達がどう考えて動くのかを詰めて見せてくる所は後々の作品と変わりはない。

 考えてみたら彼女達が歌う歌もかわいい系でもラブソングでもなく不思議極まりない内容だったりする。敢えてズラした方向にしておくアプローチって音楽性を重視して歌詞に有意な意味を持たせないとか考え過ぎか。


 山田監督の長編アニメーション映画を考えた時、後々の3作品につながる何か、起点は本作にあると思う。あと忘れてはならないのは「聲の形」。サウンドトラックでの演出という方向性は本作から強められている。日常とも非日常とも違う過去に起きた出来事が再び動き出した時に起きる出来事は「リズと青い鳥」で形を変えて再びチャレンジしている。

 北宇治高校吹奏楽部という舞台は人数が多く原作で主人公以外の視点で描いた短編などもあり心情に切り込む構成は本編よりも鋭い。こういった部分でもう一本日常の中の物語を描かれたら見てみたいなあという願いみたいなものはある。この方向で原作の斬れ味に対応できるのは山田監督しかいないのではないか。そういう期待を勝手にしてしまうところがある。

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