第5話 狂乱
「え、っと。だからぁ、ドクターが作ったウェポノイドに私が殺されてぇ、で、そのドクターに今度は助けられてぇ……ていうことは、だからぁ……あ~ん、分かんないよ~」
「これぐらいで泣くなっ、この馬鹿モノ! メス豚!」
「……メス豚は関係なくない、ですか?」
と小声で言いつつも、かなり抑圧的な性教育を受けたシノブには極めて刺激的である。罵倒されることに快感すら覚えていた。
ドクターは無視して言葉を紡ぐ。
「その昔、一人の科学者が……天才科学者が……イケメン天才科学者」
「変な所にこだわんなくていいから先進んでください」
ゴホンと咳払いを一つ。
ドクターは改めて回想を始める。
「……とにかくその男が、かの悪法、高度性風俗規制法に立ち向かった。君も知っての通りあの法律が成立したお蔭で、この世のありとあらゆるエロい出版物は絶版させられた。いまではレジスタンスと化した同人漫画家が細々と執筆を続けるのが関の山だ。モテナイ男がズリネタ買いに行くのにどうして命まで張らねばならん! その時俺、じゃなかったその科学者は考えた。街中に裸が溢れれば、こんな法律恐くないと!」
かなり飛躍した発想だ。
演説中、握られたドクターの右拳には、うっすらと血が滲んでいる。可能であれば血の涙くらい流していたとシノブは思う。
「そこで科学者は『人間の性的衝動を刺激する未知のウィルス』を開発し、街中にばら撒いたのさ! 街は計画通り、一面の謝肉祭に! いまでも忘れられんよ、あの恍惚としたみんなの表情を!」
「その後は、どうなったんですか?」
椅子に片足を乗せて、高笑いを続けていたドクターは急に意気消沈する。がっくりと肩を落とし、フローリングの目地でもなぞるかのように視線を泳がせた。
「結局、捕まったよー。懲役二百年の禁固刑だってさー。日本で判決下りたの初らしいってねーってメデタクないわぁぁぁ!」
過去の因縁をありありと思い出したのか、ドクターの額にはびっしょり汗が噴出していた。ハァハァと息を切らし、目が血走っている。
「そんな時、政府はこともあろうに司法取引を持ちかけてきた。それは核を持てない日本が極秘裏に開発してきた人間兵器、いわゆるウェポノイドを完成させれば無罪放免という馬鹿げた内容だった。確実に罠だと思ったよ。よしんば完成させたとして、国家機密を知った人間を市井に放つ訳がないっ! だから俺様は!」
「作っちゃったんですね」
「うん。すっげー興味あったし」
一気にしゃべりすぎて喉が渇いたのか、あるいは単純に酔ってしまいたかったからなのか。ドクターは食器棚から取り出したグラスにワインを注いだ。そして、それを一息で空にすると、もう一度注ぎながら思い出話の続きを始めた。
「どこまで話した、肉奴隷?」
「シノブです。ドクターがノリでウェポノイド作っちゃった所までです」
「ああそうだ! ヤツら案の定、恩を忘れてこともあろうに、できたてホヤホヤのウェポノイドで俺様を殺そうとしやがった! ま、間一髪逃げ延びたって訳だが」
「どうやって?」
「科学者が自分のこさえたもんに殺られちゃ洒落にならんからな。俺様だけは殺せないように、ここを弄ったんだよ」
と、ドクターはコメカミの辺りを指でつついた。
「ここ?」
オウム返しにシノブが聞いた。
「レギュレーターだよ。創造主には逆らえない」
するとシノブは自分の体を見てポツリと呟いた。
「私にも、ついてるんですか? ソレ」
上目遣いの無垢な質問。
これにはドクターも声を詰まらせる。真顔の様でもあり、ふざけている様でもあり。
「さぁて、どうだったかな」
と、ただのたまうのみ。
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