焔帯

寝たきりの母さまが

窓から遠くを見て云う

――もうすぐ裏山一面 火の海になる

張り詰めた表情は固く

――もし、そうなったら一目散にお逃げ

――わたしは放っておいていいから

――わかったね

ささやくような声で云って

コトンとゼンマイが切れたみたいに

母さまは眠ってしまった


わたしはそっと窓辺に立って

母さまのみた景色をみようと


窓の外には

紅と黒の帯 締めた

昔の写真そのままの母さまが立っていた


赤い赤い振袖火事のよな

一面の彼岸花の帯

娘姿の母さまは優雅に振袖姿で

舞っている

舞って 舞って やがてふいと風に舞い上げられて


母さまがどこかに連れて行かれる

あれが降りたら大火事になる


意味もなく思った途端

煙の匂いを嗅いだ気がして

大声を出そうと息を肺に吸い込んだ


けれど すぐに

裏の田畑で籾殻を焼いている煙だと気づく

慌てて声を痙攣する喉の奥にのみんこんで

しっかり口を抑えて振り返ると

さきほどの張り詰めた表情が嘘のように

母さまは穏やかな寝息をたてていた


チンチンチン……


どこかでカネタタキが半鐘を鳴らしている

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