Did you forget her ?

オーラ・リーを忘れたのか?

人の悪口ひとつ、愚痴ひとつ言わず

そしてひっそりと笑って去った彼女のことを


人間の気配があまりに希薄で

まるで人に無関心な群れない娘だと言われた

オーラ・リー


けれどたった一度だけ

彼女がこの世を嘆き、怒り、

そして最後に笑っていたことを知っている

そうさ

あのとき彼女は酔っぱらていてでたらめだった

あのときばかりは

他人をこんなに振り回しても

明日にはきっとすべて忘れてしまう

『人間臭いオーラ・リー』だった


帰りの車の中で彼女は

さっきまでの恐慌が嘘のように静かで

オーラ・リーと声をかけると

漠とした瞳のまま鼻歌を歌った

涙の跡を残した顔で


 どんなに酔っても

 どんなに愚痴を言っても

 明日は明日

 現状は変わらない

 なのにどうして人は

 酒に溺れようとするのかしら

 それはそんなに楽しいこと?


据わっているのに澄んだ目で問われた僕は

"そうすることでフラストレーションを発散する方法もあるのだ"

訳知り顔で言ってやる


貴方は人間なのね、と彼女は呟き

アーモンド形の瞳を瞼で閉ざし

醒めた視線を遮断した


ああ、

揮発性のアルコールは

彼女の理性を奪ってはいなかったのだ


それが正しいかどうかは知らないけれど

たいていの人間は愚痴をこぼしながら生きていく

だから明日の僕は

君は全部覚えているだろうけど

僕はなにもかも忘れたふりをするよ、と

囁くように教えてやれば


目を閉じたままの

綺麗なハミングだけが

返事のようにかえってきた


翌日からはいつもどおり

人形みたいに笑っているだけの

浮世離れしたオーラ・リー

アルコールと同じで

あの夜の彼女は分解され処理されていた


彼女の存在は静かな微笑と共に

日に日に希薄になっていって

いつのまにか去っていった

忘れたふりをするといった

自分の浅はかさを呪うのにも間に合わず


それから何度も繰り返し自分に問う


オーラ・リーを忘れたのか?

意識されない呼吸のように

ただ静かに笑っていた

人らしからぬ彼女のことを

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る