第2話 チョコレート乞食


 下駄箱で上履きに着替えていると、廊下から唸るような声が聞こえてきた。

 よく耳をすますと、唸り声ではなく、それはれっきとした人の声。

「チョコレートをください~」「モテない我らにお恵みを~」「チロル、チロルで良いんです!」

 廊下を見ると、十数人の男どもが通りかかる女子に対して、土下座をしたり、すがりつくような眼差しをしてチョコレートを求めていた。

「また今年もいるのか、チョコレート乞食……」

 凛ノ助がボソリ、つぶやいた。

 そう、彼らはチョコレート乞食。恥も外聞もかなぐり捨てて、ただチョコレートを恵んで貰おうとする、非リアの最終形態……。

 その姿は見るものに、哀愁と憐憫を感じされる……。


 が、それは俺が非リアの仲間というだけで、殆どの女子は乞食を無視して通り過ぎるか、「きもっ」と侮蔑の声をかけるだけだった。

 そして極めつけは乞食の横をチョコを持ちながら通り過ぎるリア充ども。

「いやー下駄箱の中に、なんか入ってたわw」

「俺も。別に欲しくも無かったんだけどな」

 中学生特有の「別にいらねーよw」的な硬派ぶったイキリをしながら通り去っていく……。

 いたたまれねえ……。非情。あくまでも現実は非情。

 同じ非リアとして見るに堪えないものがある……。

 こんなのはあんまりじゃないか……! 誰か救世主は。救世主はいないのか!? 一人くらい、チョコを恵んでくれる心優しい女子がいたっていいだろ……。

 刹那、後ろから声。

「あ、いいよぉー。チロルチョコならあげちゃうよ?」

 嘘だろ!? まさか救世主が実在した……!?

 そう思って期待とともに俺は振り返る。

 そこにはいたのは、月宮愛梨。――救世主ではなく、小さな悪魔だった。


「え、マジですか!?」「良いんですか、女神さま!!」

 案の定、チョコ乞食たちが月宮の元へ群がる。

「ほらほら、全員分あるから安心してね」

 月宮の手には袋分けされたチロルチョコが山ほどあった。

「フォーーー!!」「やったぜ、俺たちは救われたんだ!」「月宮さんサイコー!!」

「た・だ・し☆」

 月宮が小悪魔的な可愛らしい笑顔を浮かべながら、言い放つ。

「私は誠意のある男の子が好きだからなぁ。二千円を男気としてくれる男の子にだけチョコあげちゃうよ?」

 チロルチョコが一個、二千円!? 暴利も甚だしい。まさかそんなチョコ誰が買うか――。

「く、下さい!」「払います、払います!!」「男気見せます!」

 月宮の元へ、英世をニ枚もった乞食たちが殺到した。

 ダメだ、こいつらチョコ欲しさに正常な感覚を失ってやがる……。

 そんな乞食たちに月宮は「はい、◯◯君のぶん♡」と丁寧に名前を呼んであげてから、チロルチョコを配っていった。

「これは二千円のぶんのチョコだからホワイトデーは三倍返しの六千円でオッケー。楽しみにしてるよお」

 最後に月宮が乞食に向かってトドメの一撃。こいつ、非モテを骨の髄までしゃぶる気だ。エゲツなさすぎる。


 そんなこんなで、一分もたたないうちに月宮の手元には雁首揃えた大量の英世たちがかしずくことになっていた。

 月宮は一枚一枚、(それはもう愛情込めて)数えてからセーラー服のポケットにいれ、俺と凛ノ助の方へ向かってきた。

「イェイ! マッキー、凛ちゃん、元気? ご機嫌いかが?」

「「たった今からご機嫌は最悪になったよ、お前のせいでなァ!」」

 俺と凛ノ助が唱和。

「マキト、俺は先に教室に行ってるからな。こいつと関わるとロクな目に合わん」

 凛ノ助はそれだけ言うと、とっとと下駄箱を去ってしまう。

「あ、ちょっと待てよ。置いてくな、俺も教室いく……」

 凛ノ助を追いかけようと身体のむきをかえる前に。

 ガッと手首を掴まれた。それは可愛いホワホワ笑顔の月宮さんの手だった。

 月宮は白いセーラー服に長髪をツーサイドアップにまとめ、悔しいけど端的に言えば美少女であった。うざいから、それを認めたくはないのだけれども……。

「つれない凛ちゃんはほっといて、私と楽しいこと。しようよ」

 掴まれた手首から月宮さんの焼き立てクッキーみたいな香りがただよってきた。

 瞬間、悟る。やっべー、逃げ遅れた。このままでは、まずい、捕食される。

「俺はチロルチョコ二千円なんてぜってー買わねえかんな、詐欺だろ」

「や・だ・なぁ。さっきのは詐欺じゃなくて十円が八千円で返ってくる優良な投資だよ、FXとかより安全で儲けが良いんだ」

「バレンタイン・チョコを投資として有効活用すんな!」

「私がマッキーにそんなことすると思う?」

「めっちゃすると思う」

 ていうか、今までされてきた。

「誤解だよマッキー。しょうがないなあ。私のマッキーへの誠意の証として、マッキーなら特別にチロルチョコ千円でいいよ?」

「お前いっかい辞書で『誠意』の意味ひいてこいよ!」

「我輩の持っている辞書に『誠意』という言葉はない!」

「最悪だぁ……」

 ドヤ顔で月宮が言い切っていた。

「ねぇ、二人っきりでいこうよ、人目につかないとこ」

「暗がりに連れ込んでどうする気だよ、財布でも奪い取る気か」

「おいおい、警戒しすぎだってマッキー。世の中はラブアンドピースで成り立ってるんだぜ?」

「どの口が言うか?」

「世の中ラブ(意味深)アンド(アヘ顔ダブル)ピースで出来てるんだぜ?」

「そんな世界滅亡しちまえ!」

「この考え方に従わないやつはたとえマッキーでも殺すぞ?」

「その発言がラブでもピースでもねえよ!」

「なーんて冗談・冗談だよっ」

「冗談?」

 こっちとしてはお前という存在自体が悪い冗談なんだが?

「はい、マッキー、チョコどうぞ」

 月宮がスカートのポケットから取り出したのは、ピンク色の包装紙にハート型で包まれた、そう、まさしくチョコレート。

「う、嘘だろ!?」

「嘘じゃないって。あ、義理チョコだからな? 勘違いすんなよ?」

「 誰 が す る か ! 」

 まだ仕事あるから、群畜マッキーごときにかけられる時間ないんだ、じゃーねー、と割りかし酷いことを言って月宮は行ってしまった。てか、そもそも群畜はそういう意味じゃねえから。


 2のA教室に入ると、いつもの如く、凛ノ助は机に腰掛け、本を読んでいた。

 サラサラの黒髪に、スラッとした長身、貴公子然としたその佇まいはいかにもモテそうだ。その読んでいる本がエロ本でなければの話だが。

 聖戦の日だろうがなんだろうが平常運転である。

「なあ、凛ノ助、チョコいる?」

「あれ、マキト女子に貰ったのか。良かったじゃないか」

「食べる?」

 じゃあ一つ貰うかな、と凛ノ助は月宮プレゼンツのチョコの包み紙を一つ破る。

 凛ノ助は口をモグモグさせながら、

「うーん、口の中に甘すぎず苦すぎず上品で食感も滑らかかつ壊滅的に辛くて舌が痛くお口の中がディザスター……」

 そのまま黒い血を吹き出し、凛ノ助がもがき苦しみだした。

「凛ノ助ェェ!」

 刹那、チョコレートの箱から月宮の大爆笑が響いた。箱に小型のスピーカーが入ってたらしい。

「くっそ、あの女次あったらぶっ殺すぅぅうううぅぅぅ」

 凛ノ助の悲鳴が2のA教室にこだました。

 


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