第3話 恋愛格差と2のA教室から始まる陰謀

 クラスは腐れファ◯ク・リア充どもによるチョコ自慢が始まっていた。万歩譲って、チョコを貰うのはまだいい(良くないけど)。だけど教室で自慢するんじゃねええ。非リアが息苦しいだろう。

 ……ほら、そこ、楽しそうに女子とイチャイチャして自撮りしながら「ウェーイ」するんじゃねえ。「ウェーイ」で会話が成立するとか珍種のゴリラかなんかか、てめえら、くそ。全く、条例かなんかで規制しろ、バレンタインなんて不愉快なんだよ、青少年の健全育成に非常によろしくないぞ、非リアの根性がクソほどに歪むからな、エロい表紙のラノベなんて目じゃねえよ。

 くそぉお、羨ましいよぉ…………。


「よお、マキトぉ」

「……何だよ、光倉か」

 ホームルームが終わって一限目が始まる前、俺に光倉が話しかけてきた――手にはチョコの箱をこれ見よがしに持って。

「見ろよ、マキト。俺、吹奏楽部の先輩に貰っちゃってさあ。まさか貰えるとは思ってなくてさあ」

「……そりゃあ良かった」

「あれ、マキトは? チョコ貰った?」

「……いや。俺はあんまりそーゆーの興味ねえから」

 なるべく声を平坦にして答える。

「ええ、嘘だろ、強がんなよ。てか、お前って今までチョコ貰ったことあんの?」

「……んーどうだろ。あんまないかな」

「マジかよ。いやあマキトなら一、二個貰えそうなんだけどな」

 字面だけなら光倉は良いやつに見える。が、その表情。唇の端が微妙に曲がっている。

 「マジかよ」というところから、だ。

 嘲笑をこらえているのだ、こいつ。励ますような事を言いつつチョコを貰えない俺への嘲笑を隠しているのだ。俺は嫌いだった。こういう同じ非リアのくせして、 同情するフリして近づいてきて内心笑いを噛み殺してるやつなのだ、光倉という人間は。

 端的に言ってクソだ。リア充よりよっぽどタチが悪い。

「いや俺はお前を心配してんだって。友人としてさ。チョコレート貰えないの辛いの分かるし。俺がお前に紹介してやろうか? お前にでもチョコあげてもいい、って女の子をさ?」

その時、机に腰掛けて今まで黙って会話を聞いていた凛ノ助が静かに立ち上がった。

「光倉、お前べらべら喋るなあ。一軍がいる前では静かなのに、なんでだ?」

 凛ノ助が長髪を爽やかに揺らしながら平然と述べる。

「…………」

 光倉が固まった。

「消えろ、雑魚」

 凛ノ助が言い放つ。

 丁度チャイムが鳴って、なあなあになってこの状況が終わりかけた、その時。

「凛ノ助、話がある」

 俺はそう切り出した。



 一限目をサボり、俺は凛ノ助を旧校舎の裏に連れ出した。ここなら誰かに話しを聞かれることはない。

 俺は自分が一ヶ月前から構想していた計画を手短に凛ノ助に打ち明けた。

 即ち、どうすれば自分たちがチョコを得られるか、だ。

「ないものを嘆くなら奪えば良いじゃない」とマリー・アントワネットだって言っている。

「いやマリー・アントワネットはそんなバトロワものに出てくる戦闘狂みたいなセリフ言ってないと思うが」

「前島、後藤にはもう計画を話して共犯だ。あとは凛ノ助、お前だけだ」

 チョコを女子から貰えないのであるならば、チョコを貰った男子から奪えばいい。それも少人数でやれば意味はない、大人数で略奪すれば成功する確率は上がる。

「そのリーダーに俺がなれと?」

「お前が必要なんだよ、凛ノ助。お前の求心力とネームバリューが無いとこの計画は成功しないんだ」

 女子からは「敵(エネミー)」として蔑視されている凜ノ助だが、男子からは一目置かれている存在だった。

 凜ノ助、というのは「変態」として有名であるが、彼は単なる「変態」ではないのだから。

 どの学校にも変態というのは一人や二人いるものだ。読者諸兄の学生時代を思い出して欲しい。例えば修学旅行とかで必ず「女湯覗こうぜ?」とかいう奴がいるであろう。

 大概はそこで盛り上がって実行に移さないか、あるいは実行に移しても一度で終える。

 つまるところ、突発的な犯行であって、しかも熱意が持続しない。これが普通の「変態」、いわば「凡変態」と言っていい。

 しかし、凜ノ助は違う。

 修学旅行一週間前から綿密に計画し、なおかつ大胆にそれを実行に移し、そして必ず自らが一番駆けをする。風呂のぞきで遅れを取ること一度もない。

 故についたあだ名は「中隊長」。指揮官でありながら、常にその身は最前線にある。中隊長が陣頭指揮をしてくれるから、後続は安心して風呂のぞきが出来る。

 彼こそ男の中の漢。

 凜ノ助という名前は「夜坂中の四天王」入りを果たし、三年生の先輩方や不良達からすら畏怖と敬意を込めてこう呼ばれる。

――「変態の貴公子」と。


 しかし凛ノ助はにべもなく首を振った。

「断る。そんなバカバカしい計画に時間を費やせん。俺は降りるね」

「待って欲しい。凛ノ助。今日はバレンタイン・デー。学校の風紀が乱れやすいから、風紀委員会と生徒会が出張ってる」

 本来はチョコを学校に持ってくるのは禁止。故にその摘発のため、(それとチョコ乞食の取締)のため朝早くから目を光らせている。

「そう、だからこそ、凛ノ助が戦う意味があるんじゃあないか」

「……何が言いたい?」

「銀林が出張っている」

 瞬間、凛之助の顔つきが変わる。


 銀林修斗。生徒会副会長である。身長は中学二年にして百七十後半、容姿端麗、運動はどれも得意、月宮愛莉という変人美少女の恋人、そして何より学年全体の91%の脅威の得票数で生徒会入を果たした化物である。

 人気者であるという彼自身の人脈と各部活への周到な根回しは勿論のこと、何より公約がすさまじかった。

 具体的にな公約として、「女子のスカート丈を膝下より長くする」という校則の撤廃を掲げたのだ。

 女子に対してはスカート丈を膝上に改造できる、とアピールし、男子には「君らのささやかな楽しみ《パンチラ》が増える」という二枚舌を使って説得したのだ。

 銀林と凛ノ助は一言で言えば好敵手だった。

 風呂のぞきを目指す者と、それを防ぐ者として宿命のライバルである。

「…………」

「凛ノ助、最近銀林とバトってなくて闘志が衰えてるんじゃないの?」

「…………」

「銀林とのケリを着けようぜ。凛ノ助、これが鈍ってきた腕をならす良いチャンスだ」

「……言っておくが、俺の腕は別に鈍ってないからな」

 俺と凛ノ助は固い握手を結んだ。

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