長い一日

「ラパス様~!」

ロビンが駆け込んでくる。


「おやおや、噂をすれば影ですね。ロビン君、どうしたのですか、ずいぶん慌てていますが?」

朝からロビンがいないと、みんなが騒いでいた所に本人が返って来たのだ。


「ラパス様、大変です。ボアが出て、班長が僕をかばって怪我して、落とし穴から出て来そうなんです」

「ロビン君、少し落ち着いて。落とし穴に落ちたのはグレートボアなのですね?」

「は、はい、そうです。早く助けに行かないと出て来ちゃいます」

「分かりました。隊長」

「準備は出来ています」

捜索に出る用意を終えていた隊長は間髪を入れずに返答する。


「いえ、それでは足りないでしょう。毒壺と予備の投げ矢をもっと持っていく必要があります」

「分かりました。わたし達は先に駆けつけることにして第二陣に持たせましょう」

「そうですね、ではそのようにしましょう」

指示を済ませると用意の済んでいる隊長とラパス以外にも3人の戦士を連れて第一陣は出発した。


餅は餅屋と言うが、専門分野に限ってだが近代技術の粋を集めて作られたAIより素晴らしい答えを隊長はたまに出してくれる。いや、隊長だけではない。他のゴブリンたちもそれぞれ夢中になっている分野ではラパスが考えもしないアイデアを出すことがある。さすがは知的生命体だ。


そんなことを考えながら隊長や第一陣の戦士たちと走っていると前方からボアの鳴き声が聞こえて来た。


ブモォォォォォーーーーーーーーー!!!


「まだ、音の感じからすると落とし穴から出ていないみたいですね」

鳴き声の方向や地面を蹴る音の方向が変わらないことや木々をなぎ倒す音がしないことから判断できた。そうすると班長がまだ無事である可能性が高い。

『急ぎましょう」




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「悪いな、ロビンが助けを呼びに行っている。もうしばらくこらえてくれ」

「班長を助ける、当然。けが人、無理する、なし」

「そういうな、少しこいつの注意をそらすだけだ」


ケガをしたハンタ班長は一人でボアの周りに取り残されたはずだったが、ロビンを探すため集団で動いていた索敵班の他のメンバーであるしずかと一郎もすぐに追いついていたのだ。


今は一郎がボアの正面斜め横辺りで吹き矢を吹きいらだたせ、しずかが反対の側面から投石器による攻撃を急所である耳の後ろへたたき込んでいるのだ。


ただそれだけでは不十分だと判断した班長が、応急処置を終え参戦し、ボアの尻尾に小剣で切り付け始めたのだ。


ボアからするとたいしたダメージにはなっていないはずだが、動くたびに痛みを増す後ろ足の内側に刺さった逆茂木が彼をすでに十分いらだたせているので、ちょこまかと周囲をうろつくゴブリンたちの弱々しい攻撃でも逆上してしまうのだ。


冷静になり前進することだけに注力すれば半分穴から出ているのですぐにでも穴からはい出せるはずなのだが、ゴブリンたちの上手な連係で後ろの方へと意識を向けさせられ、さらに逆茂木が食い込む結果となっている。


ブモォォォォォーーーーーーーーー!!!


とうとう、班長の小剣が細い尻尾を捕らえわずかだが切り取ったのだ。


怒り狂ったボアは痛みにも関わらず無理やり方向転換しようと身体をねじり始めた。


「おお、間に合ったようですね。ハンタ班長も無事そうですね」

「班長ぉぉー、ご無事ですかー」

飛び出して行こうとするロビンをすんでのところで引き留める。

「ロビン君、班長は大丈夫そうですから、まずは目の前のボアの方をどうにかしましょう。矢をつがえて下さい」

それから隊長と道中相談して決めたように皆は散開する。


グレートボアに対し遠距離攻撃は致命傷にはならない。

吹き矢、弓矢は分厚い毛皮と脂肪層に阻まれ届いていない。

投げ槍なら何とか刺さるが第二陣が来るまで数がない。


そこで吹き矢や弓矢は目だけを狙うため顔の斜め前方に位置どる。

投げ槍は第二陣が補充を持って来る予定なので、背後や側面に回ってもらい刺して気を散らすのと、まんべんなく毒を回らせてもらう。

そして、隊長とラパスが前衛として、ボアが穴から出ないように立ちまわる。


心臓の位置が穴の中なので前回のようにラパスの剣で仕留めることは出来ない。

それでも、ラパスの剣なら分厚い皮を貫くことはできるので、前足の太ももを狙って攻撃する。

ラパスに刺されるとボアはラパスの方を向き攻撃して来るので、少し下がって牙をやり過ごす。


すると今度は反対側で隊長が小剣を一突きしてすぐに離脱する。

注意がそちらに完全に向き切る前に後ろから槍が投てきされ尻にささり、ボアが唸り声をあげる。

その隙をついて再度ラパスが攻撃をする。


こうして少しずつ体力を奪っていく。


そして何度目かの一斉射撃でとうとうボアの右目に吹き矢が刺さる。

吹き矢にはたいした攻撃力はないので表面の角膜に傷をつけられたかどうかと言った程度の話だ。それでも毒が塗ってあるので目は見え難くなってくるはずだ。

痛みはないのでボアからすると埃が目に入った程度の感覚なのだろう。特に鳴き声をあげることはない。


動きの止まったそのときに第二陣が到着。


持って来てもらったロープを周囲の太い木の幹に縛り付けてから、ボアの周囲を周り反対側の木の上にいる仲間にパスし、ボアの上にロープを通す。そしてその木の周囲にロープを回しみんなで引っ張りボアを地面に封じる...予定だったがこれはさすがに無謀だったようでボアの力で振り回さられまったく固定できずに終わった。


ただ、嫌がらせにはなったようでロープを引っ張るゴブリンの方をにらむため頭の動きが止まった。

その瞬間を狙っていたロビンの矢が左の眼を射抜く。

吹き矢と違い弓矢は眼球の中に届く。


ブモォォォォォオオオオオーーーーーーーーー!!!


目の痛みと視界を奪われた驚きで、足の痛みを忘れたのか、ボアは一直線に穴をはい出し誰に狙いを付けるわけでもなく突進を始めた。


ドドーン


ボアは一直線に大木へと激突する。


キーン、キーン、キーン


「こっちだ、ボア。こっちに来い」


ボアが動きを止め次に走る方向を探り始めたタイミングで隊長が剣を鞘で叩き煽る。

他のみんなが静かにしてボアの注意を引かないようにしている中、隊長がおとりになって走り出す。


別に蛮勇ではなく、これも作戦通りだ。

隊長の向かう先には左右が少し切り立って狭くなっている隘路あいろがありそこにはたっぷりと毒を塗られた大きな逆茂木が用意されているのだ。


通常なら危険すぎて作戦にはならないが、今はケガをしてその上全身に毒が回りびっこを引く状態のボアだ。逃げることに関してプライドを持つゴブリンの隊長からすれば十分に安全を担保できるハンデだろう。


眼のよく見えていないボアは地面から斜め突き出た逆茂木に腹を貫かれたところで絶命した。


「やったぞー、ボアを倒したー」


ボアが力尽き倒れると、後ろから追いかけて来ていた戦士たち全員が歓声を上げ駆け寄る。


「キャアアアアァァァーーー!」

そんな時、川の方から叫び声が聞こえた。

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