長い一日《ロビン視点》
ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ
深い森の中、一人で必死に走るロビン。すぐ後ろから地響きが聞こえてくる。
後ろを振り向き確認する余裕はないが、それがグレートボアの足音であることはわかっている。
緊張と恐怖でどのくらい逃げ回っているのかわからない。
すでに限界を超えていることは確かだ。
でも、立ち止まったらすぐに死ぬことだけはわかっているから止まることはできない。
なんでこんなことになったのか。
その日、ロビンはいつもより早く起きた。
早朝の見回りをしてみようと思い立ったのだ。
まだ見習いのロビンにはシェルター周辺と川までのルートだけしか見回りの許可は出ていない。
だからこの日も川へ向かうルートへ向かった。
もし、ロビンが熟練したハンターならすぐにいつもと様子が違うことに気がつき用心しただろう。
動物の声がしなかったのだ。
ロビンもいつもと何か違うことには気づいたが、それが何かわからなかったので警戒するほどではないと判断した。
そして、川へのルートから少し外れたところにある枯れた大木にボアが背中をこすりつけた泥の痕を見つけた。
「まだ乾いてない!」
泥を触ると手についた。湿り気からまだ遠くへ行っていないことがわかる。
「この前のボアより大きかもしれないぞ」
興奮で気分が高まる。
この時点で手に負えないことはわかっているので引き返せば良かったのだが、新しい武器である弓と毒矢を手に入れ、部族で一番(みんな初心者なので)の腕前に自信を持った若者はみんなに認めてもらえるチャンスだと考えた。
このボアは大きく足跡はハッキリのこっていたので、追跡は簡単だった。
ロビンは足跡をたどり獲物に近づいていくにつれ自分が獲物を追い詰めているのだと感じていた。
ボアは自らの縄張りで恐れるものがなく餌を探していただけなので歩みは遅かった。
餌を見つけると急に立ち止まったり、周囲に動くものがいるとそちらへ方向転換したり、また戻ってきたりとその進む方向に一貫性はなかった。
そのため、夢中になり追跡をしていたロビンはいつの間にか風上に立ってしまっていた。
ゴブリンも鼻が利くので風上にいる、風下にいると言った感覚は優れているのだが、洞窟内で大半の時間を過ごす非戦闘員や子供はその感覚が磨かれていない。
ロビンもまだまだ学びだしたところなので意識していないと忘れてしまうのだ。
視線を感じ、足跡を見ていた目線を上げるとそこには巨大なボアの鼻が茂みの間からのぞいていた。
ロビンは固まってしまう。
記憶の中にあるグレートボアより一回り以上大きな姿に息だけでなく心臓まで止まりそうになる。
膠着状態だったのはほんの一瞬の出来事だ。
それでもロビンは何時間も経ったように感じ身体から汗が吹き出した。
急に頭が冴え渡り、視野が狭くなり、動悸が激しくなる。
ほとんど同時に両者は動き出した。ボアは吠え、ロビンは脱兎のごとく走り出した。
どこへ向かっているのかはわからない。
目の前の倒木をくぐり、茂みをすり抜け、岩を登り、速度を落とさず走り抜ける。
ボアは倒木を砕き、茂みを突き抜け、岩を弾き飛ばし、それでも速度を落とさず追跡してくる。
どのくらいの時間そうやって逃げ回っていたのかわからない。
もはやロビン自身も自分がどこにいるのかわかっていなかった。
突然その状況が変わった。
あの小川が見えたのだ。
そして、何度か材料の切り出しについてやって来た川辺の竹林もある。
その瞬間ロビンは竹林の方へと方向転換した。
どこへ行くべきかはっきりしたからだ。
バチーン、バチーン
長い竹が地面に叩きつけれれていく。
密集した竹林を進むには大きすぎるボアは避けるのではなくすべてなぎ倒していく。
それは傍から見ても恐ろしい光景だが、ロビンの恐怖心はすでに麻痺していた。
どこへ行き何をすべきか明確になったことで、限界まで使い切ったはずの気力が蘇ってきたのだ。
見えた!
竹林の外に赤みがかった石が置かれていた。
これはグレートボア用に掘られた落とし穴の位置を示す目印だ。
急いで目印に向かって方向を変え、ボアとの距離を測るため少し後ろへ目をやる。
その瞬間、ロビンはころんだ。
勢い余って竹林の外まで転がったが、そこにボアが迫ってくる。
ロビンは恐怖で目を閉じる。
巨大なボアの牙が迫り、唾液の臭いまで嗅ぎ分けられそうな気がする。
もうここまでかと、観念すると、みんなの顔が走馬灯のように浮かび上がる。
ラパス様の前でいい格好をしようとイキがってボアの報告をした自分のことを責めたてたベテランたちのことや、まだ早いと
ボアは思っていた以上に賢く、ゴブリンよりも鼻が効くし、足も速い危険な獲物だった。
自分が死ねばそれを教訓にして他の若者たちはもっと慎重になってくれるだろうか。
そんなことを一瞬の間に考えていると、とうとうやって来た横からの衝撃で身体が持ち上がりその後地面に転がる。
「グァ、ロビン大丈夫か!」
目を開けるとそこには脇腹を抑え血を流すハンタ班長がいた。
「班長ぉ、ボ、ボクゥ…」
「今はいい、立て!離れるぞ」
ドドドドドドーン
ロビンと班長が離れると同時にボアは落とし穴に落ちた。
ただ、この落とし穴は前回のボアを想定して掘られたものなので、目の前の巨大ボアは半分落とし穴からはみ出している。
幸い落とし穴の中に設置した毒付きの逆茂木がどこかに刺さったようで十分に足に力が入らずすぐに這い出してくることはないが、巨体で暴れまわっているため近くにいるのは危険だ。
「ロビン、巣へ走れ」
「で、でも、ボクのせいで...」
「違う、俺はケガをして走れない。お前が走って隊長やラパス様に知らせろ。道はわかるな?」
「はい!すぐに戻って来ますので、無事でいてください」
そう言うと、ロビンはさっきまで自分の限界を振り絞って走って来たはずなのに、さらに速度を上げ巣の方向へ走り出した。
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