二日目 水と保存食

床が抜けて危ない地下2階と3階を通り過ぎ、地下4階へとおもむく。


今回はたいまつがあるお陰で以前ほど苦労はしない。明るくはないがゴブリンたちは夜目が利くようだし、ラパスには暗視機能がついている。


そのうち、時間ができればシェルター内部の耐久度調査や補強も必要だろう。


すぐにお目当ての部屋へとたどり着く。地下5ではなく、ポンプ室だ。


ポンプ室へと続く扉は朽ち果ててなくなっていたので、そのまま入る。


ポンプ室といってもポンプは見当たらない。

配管も見当たらない。

両方ともすでに朽ち果てて床の上に汚い錆の固まりを作っている。

それで問題はない。

今回のお目当てはそれではなく、壁にできた水の染みのほうだからだ。


設立当初は防水用に二重壁構造となっていたはずだが、当然もう用をなしていない。


幸い排水溝は使われていないので詰まってはいなさそうだ。


そこらじゅう床がひび割れているので地下浸透だけでも排水はできるかもしれないが、部屋から水が溢れだす危険を冒したくはないので十分な排水量があるに越したことはない。


「ここです。見えますか?この壁についた茶色いシミの周りです。これが続く方向に掘ってください」


ラパスがそう言うと、つるはしとハンマーを持った二人のゴブリンが前に出て掘り始める。


もともと配管が通っていた場所の周りは、配管を設置する際に一度掘られているので他の岩盤より柔らかいようで、思ったよりすんなりと掘れている。


とは言っても、見ている間に掘り終わるほど楽な仕事ではないので、もう一人を交代要員として残しラパス達は次の目的地へと向かう。




地下5階と向かう途中でガラス製5ガロンボトルをいくつも見つけたので、ここにも3人ほど残し、上へと運んでもらう。台が崩れて割れてしまったものもあったがそれなりの数が残っている。


地下5階は特に頑丈に作られているので、見た感じの劣化はない。セキュリティ設備はすべてだめになっているが、セラミック製の扉もこの間無理やりこじ開けられたこと以外でのダメージはなさそうだ。


奥の部屋へ入り、元冷凍保存装置を見るとやはりこれらもセラミック製なので箱の形は元のままだ。機能的には役に立たないが、今回ほしいのはこの箱だ。


「ラパス様、この箱は何に使用されていたのでしょうか?」ついて来た長老が質問をしてきた。


「これらの箱は人間を生きたまま冷凍保存するための装置です。ただ、そのために必要な電力がなくなってしまいましたし、電子装置も劣化して壊れていますのでもう機能していませんから、今はただの箱です」

中にいた人間の体は電気が切れてしばらくすると腐敗し、風化し、白骨化を経て今は塵となっている。


「うーむ、しかしラパス様、骨は見当たりませぬが、これは言ってみれば棺桶かんおけではないですか。


「そうですね。そういう見方もできるかもしれません」


「そうなると、ここは古代人の墓所...ラパス様、申し訳なのですが、quiquii族では死者の眠る地を荒らことを禁じておりますのじゃ。わしらの先祖ではないですが、ラパス様をつかわしてくれた古代人殿たちの墓所。それならば敬意を払わずにはおられますまい」


その言葉で、ラパスは問題に気がつく。確かにそういう解釈も可能だし、そうなるとこの棺桶を燻製容器にとして使用することに抵抗を覚えるのも理解できる。


「確かに今となっては墓所といえるでしょう。こちらこそ思慮が足りていませんでした」


つい最近まで生きて会話のできる生物せいぶつが周りにいなかったため、感情をシミュレートすることに慣れていないのだ。


ラパスの立体メモリークリスタルには過去の膨大な知識は保存されているが、現在進行形の生き物が何を考え、何を感じるのかを推測するには確度の高いシミュレーションが必要とされる。


「ラパス様、その燻製とやらに必要なのはある程度密封された箱ということでよろしいかな?」


「はい、その通りです。それ以外のものはすでにそろっていますから」


「その箱に関してわしに考えがございますのじゃ。ですからこの墓地には手を付けず、また不用意に荒らされぬよう閉ざしておきましょうぞ」


長老というのは部族の精神的リーダーであると同時に、けが人の手当てや病人への薬の処方、そしてその他シャーマン的でスピリチュアルなことも行うらしい。死者への敬意もそのようなところから来ているのかもしれない。


長老の助言に従い冷凍保管庫の扉を閉め、上の階に上がる。


帰りの道のりはまだ残っていた5ガロンボトルを運ぶのをみんなで手伝い、使えそうなものはすべて地下1階へと運び上げてしまう。


ガラスのボトルはそれなりに重いものだが、ゴブリンたちは見た目以上に力があるようで、一人一瓶くらいは楽に運んでいた。さすがに長老には運ばせていなかったが。


上にあがると早速長老が燻製用の箱へと案内してくれる。


それは、外へと通じる割れ目のある部屋から通路を挟んで向かいの部屋だった。もともと入り口を見張る警備員用の部屋なので頑丈に出来ているが、かなり小さく使い勝手が悪いので使用していなかったのだ。


長老とともにその薄暗い部屋の中に入ると長老はたいまつを消した。


窓もないので真っ暗になるかと思ったが、部屋の壁にも小さな亀裂があり、外の光が漏れていた。


「どうですか、ラパス様。この部屋全体を燻製箱の代わりに使えませぬか?」

「長老殿、すばらしい発想の転換です。確かに箱を作らなくともこの部屋なら燻製ができます。というより、グレートボアの大きさならこれぐらい大きな燻製部屋があったほうがいいと思います」


「では調理班と臨時の保存食係を呼びましょうぞ」と、ほめられて少しうれしそうな長老は担当者を呼びに行こうとしたがそれを止める。


「いえ、多分まだ塩抜きなどが終わっていないと思いますので先にこの部屋を燻製で使えるように改造してしまいましょう。誰か手先の器用な人に手伝ってもらいたいのですが、どなたかおりますか?」

そう質問すると、長老は少し考えまだ若い女性を二人連れて来た。


「この者たちお使いください。それなりに力もありますし、なかなか器用ですので」


その後、夕方までの間、応援に来てくれた二人とともに燻製部屋を改造した。煙が通路にもれないようにしたり、壁の小さな亀裂を利用して煙を逃がす煙突に加工したり、室内に肉を吊るせる横棒を配置したりと作業は多かったが、二人だけでなく他の者たちも手伝ってくれたのでなんとか完了した。






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