初日 客人の正体

地下4階へ登りわかったのは、最後に見た時とはかなり異なっているという事だ。


実際どれだけ変わっていたのかその全ぼうが明らかになったのは後の話だが、天井や壁の多くが崩れており、地下1階から3階までの床も抜けている所が多く、それらの瓦礫が地下4階に積もっていた。


一部の階段は無事だったし、積もった瓦礫のを利用すれば上り下りは可能だったが過去の近代文明における安全基準をクリアしていないことは確かだった。


明かりのない中、瓦礫の隙間を縫うように通り抜け、上へ上へと進んだ。身体が小さく痩せている客人たちの方がゴーレムより進むのが速かった。


音で判断すると10人くらいいるようだったが、彼らが手を貸してくれたので何とか上までたどり着けた。


地下1階のフロアも崩れている箇所が多かったが、幸い下の階がなく硬い岩盤の上に作られた部屋もあったためそれらの部屋は安全性が保たれていた。


そこまで到着するとようやく小休止を取ることができた。


ゴーレムに休憩は不要だったが、全身金属でできたゴーレムが上に登るのを手伝った小さな客人たちはかなり疲れた様子だったのだ。


地下1階までくると外とつながる入り口からわずかな光が漏れ入って来ており、客人たちの姿もようやく判別がつく。


その姿は声同様ネズミに似ている。いや、本物のネズミの様なとがった口ではなく、ネズミ顔の人間を小さくし毛深くした感じだ。薄暗いので肌の色まで分からないが、それでも濃い色であることは分かる。


みすぼらしい格好をしているが少なくとも服は着ている。腰巻だけのものもいるが、毛皮の布を全身まとっているものも存在する。


本物のネズミほど体毛がないので体温を保つために服を着る必要があるか、もしくは、羞恥心があるからかもしれない。


地下1階には下の階まで降りてきていなかった者も多くおり、総勢30名ほどになりそうだ。







小休止の後、地下1階にある部屋に案内され、白髪白髭の長老へと取り次いでもらう。すでにある程度の話は通されていた。

「な、なんと、あなた、わしらの言葉、理解、できる?普通、ゴーレム遺跡守る。侵入者追い出す。わしらの言葉を話せない・・・あなた、ゴーレム、違う。わたし知ってる、あなた、古い伝説、いる・・・それ、伝説、英雄、ヒカチュー様!!」

長老は何やら大きな勘違いを始めた。


「違います。わたしの時代には他にゴーレムなどいなかったため、ゴーレムがわたしの名前です。決してヒカチューではありませんし、黄色くもないです。それに、あなた方の言葉だけでなく他の種族の言葉も習得可能です」


「し、しかし鎧人の姿、わしらの言葉。それ伝説、同じ。あなた、言った、『平和』くれる、違うか?」


詳しく訊くと彼らはquiquii族といい、数日前に以前住んでいた洞窟を『鎧人』とやらが襲撃したので、命からがら逃げだし、このシェルターに昨晩逃げ込んだのだそうだ。どうやらこの『鎧人』と言うのは人間のことのようだ。


最初『平和』という言葉をゴーレムが使った際に長老は理解できなかったので、外敵に怯えず暮らせることだと説明したら、長老は感動して、それこそ彼らquiquii族が夢にまで見た理想だと言い切った。


「長老、平和とは作るものです。私が与えるものではありません。しかし、皆様がそれを望み努力すると言うなら私はそれを全力でお手伝いさせていただきます」


「『平和』欲しい。なんでもする。英雄さま、助けてほしい」


目覚めた時に平和がすでに実現していなかったのは残念だが、起きてすぐこうして心より平和を望む知的生命体と遭遇できたのは僥倖だ。これで今後の目的が定まった。勘違いを利用するつもりはないが、精一杯、彼らの平和を実現する手助けをさせてもらおう。


「長老殿、こちらこそ、よろしくお願いします」


「「「「おおーーー」」」」

実際にはネズミの様なチューチューといった鳴き声がそこらじゅうに広がったのだが、言語補正で感嘆の声に変換されている。


「ただ、英雄と呼ばれることはご遠慮願います。それにヒカチューでもありません」


「「「「ああ~~~↓↓↓」」」

少しがっかりした感じのチューチューが響く。


「そうですか。平和うれしい、でも、ゴーレム名前違う。ヒカチュー名前」


「その名前はダメです。しかし、そうですね...確かに他にゴーレムという存在があるなら、ゴーレムと言う名前を使うのはややこしいかもしれません。何か他の名前にしましょう...それなら、平和を意味する『ラパス』でどうでしょうか?」


「「「「ラパスさまぁぁぁ―――!!!」」」」

そこ、そんなに叫ぶところだろうか?彼らが何に反応するのかを学ぶ必要がある。少し静まってから今度は長老に質問をする。


「ところで長老殿。皆様のお名前をまだお聞きしていないのですが、お教えいただいてもよろしいでしょうか?」


「...ラパスさま、quiquii族名前ない。名前ある特別。昔いた。今いない。今、みんな役割ある。(自分を指さし)長老、(下の階にいた人を指し)隊長、(その隣)班長、(その隣)戦士、(長老の後ろ)ネズミ」


『ネズミ』...これは誤訳だろうか?


「長老殿、『ネズミ』というのはどのような役割になるのでしょうか?」


「『ネズミ』戦えない者全員。子供以外」


ネズミとは非戦闘員のことらしい。名前がないというのは少しやりにくい気もするが、この部族の習慣に文句を言うわけにも行かない。


「わかりました、名前の件はそのぐらいにしておきましょう。では、このquiquii族を取り巻く状況や他の種族に関して、そしてこの世界に関して知っていることをお教えいただけないでしょうか?」







この世界について彼らが持っている知識はかなり限られているようだ。


まず、文字を持たないため、それほど長い歴史を記憶していない。口伝という形である程度過去のことを伝えているが、何世代もの間伝えられオリジナルから変化しているので、信憑性は低いだろう。


ただ、大雑把な認識としては過去に魔法に優れた文明が存在したらしい。


それが、ゴーレムの作られた時代の科学のことを指しているのか、その後に興り滅んだ文明なのかはわからない。


ちなみに、彼らの寿命は平均して30歳位らしい。長老は現在50歳を過ぎているそうで、それだけ長く生きることが特別なので長老をやっているのだという。


また、この世界には多種多様な『人』が存在するらしい。恐らく人間と他の生物を掛け合わせたキマイラ・プロジェクトの結果だろう。


長老の説明から推測すると、もともといた人間に似た人というのが『鎧人』で、鎧人はquiquii族や同種の人をゴブリンと呼び、見かけると攻撃して来るという。


鎧人はゴブリンを殺すことに関して徹底しているようで、恐らく害獣のようにとらえているのだろう。


通常のゴブリン集落は数百の個体がいるそうなので、それを30人程度になるまで殺すというのは鎧人が好戦的なのか、ゴブリンを同じ知的生物として見ていないかどちらかだろう。


通常の集落では数名の長老、5名ほどの隊長、数十名の班長、そして残りが戦士とネズミになるらしいが、今は長老が1名、隊長1名、班長2名、戦士10名、ネズミ20名という構成のようだ。


また、この森には多くの強い魔物や魔獣が住んでいるらしく、奥に行けば行くほど強くなるが、逆に浅い所に行けば鎧人に出会う可能性が高くなるらしい。


以前の洞窟は当然今より浅いところにあったのだが、最近までは鎧人もそれほど多くはなかったそうだ。


それが急に増えてきたという。どちらもquiquii族にとっては危険な存在なのだが、数が少ないうちは鎧人の方がまだマシなのだそうだ。


ちなみに、彼らの地理に関する知識はこの森に関するものだけで、鎧人の住む村や街の名前、彼らの国の分布などは全く知らない。これは、言葉が通じないのだから仕方がない。


「わかりました。では、やるべきことに優先順位をつけていきましょう」

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