プロローグ 滅び行く世界2

ダンジョン計画は国によって特色が異なっていたが、民主主義国家においてはより多くの人命を救うことを表向きの目的としていた。予算をつけるための方便が必要だったのだ。


当然、①や②と言った武闘派の国ほどあからさまではないにせよ、キマイラ技術を使い生存確率を高めるという裏の目的もあった。


結局、細菌が広がり出した時ダンジョン計画の大半は挫折。

大掛かりなシェルターを作る時間も資源もなくなってしまったためだ。


そんな中、③に属するN国では曲がりなりにもダンジョン計画が続行していた。

中に入れない民衆の暴動を恐れ、樹海内に入り口が完全に隠されたシェルター内で。


シェルターが安定した活火山であるF山の近くに作られたのは地熱発電を利用するためで、地上に出なくとも半永久的に電力を得られる計画だ。


戦場から逃げ出した合成獣キメラが世界中に広がり出した時、一部要人の救済に限定されたこのシェルター計画に人類の遺伝子と痕跡を残すという目的が追加された。

人間が生きて陽の目を見ることがかなわないかもしれないと気づいたからだ。


そのため人間の細胞を保管する施設がシェルター内にこっそりと追加された。

地下4階までの計画だった要人向けシェルターに地下5階が加された。


この階にあるのは2つの部屋だけだ。

保管室とその手前のコントロールルーム、その外は地下4階へとつながる階段だ。階段は地下4階の最奥にある倉庫の作り付けの棚をずらさないと姿を現さない。


ものすごく限られた要人のみがその階の存在を知っており、さらに限られた者だけがその本当の目的を知っていた。


本当の目的とは、細胞だけでなく10名の男女を冷凍保存し、外の世界が安全になった後、彼らを起し、人類を復活させるというものだった。


安全になるまで何百年かかるか分からない。その間、この秘密の施設を人間に管理させることは情報漏えいの観点からも、その人間が必要とする物資を保管する必要性からも望ましくなかった。


また、秘密を守るため工事は最小限の人間で行われ、作り付けのカメラやセンサー類、自動防衛装置は最低限の施工のみのため、セキュリティ強化のためには別の場所で製造された防衛ロボットを持ち込む必要があった。


そして冷凍保存室を守るため、そして外の世界が安全かどうかを判断するため、ロボット用に特別なAIが開発される。




このロボットは 合成獣キメラに対抗し、ゴーレムと呼ばれた。



ファンタジー要素満載なので、悪のりした開発者たちがゴーレムの外観をフルプレートアーマーを着た騎士とした。


ただし、身長は130cm。


本当は大人サイズがよかったのだが、急ぎの開発だったことから材料が足りなかったのだ。それにこのサイズなら人間用の施設や装備を大幅に改修せずに使えるので機能的にも問題ないと判断された。


ただ、開発は困難を極めた。一番の問題は劣化への心配だ。


何年眠る必要があるのか誰もわからないのだ。

既存の材料ではどうしても耐久性に問題があった。


プラスチック部品など劣化が速いものは当然ダメになる。

電子部品や外装に使用される金属も錆の影響を受ける。

品質を保証できるのはせいぜい10年と言ったところだ。


そのため、最終的には本末転倒だが、キマイラ技術の応用により秘密裡に開発された金属生物を用いることでそれらの問題を解決した。

金属生物の持つ再生能力を使うことでゴーレムの耐久性を極限まで上げることに成功したのだ。


金属生物というのはメタルス○イムのようなものではない。どちらかと言うと物語に出て来るオリハルコンのようなものだ。自分では動かず、形も変わらない。


ただ、触れているものの意思に反応して磁気を発生させるだけだ。

この金属生物の作成が困難を極めたせいで、小さなゴーレムになってしまったが、磁気の力はとても強いため、体型に似合わず力を強くすることに貢献出来た。


そして、それ自身は意思を持たない金属生物は内部に埋め込まれた立体メモリークリスタル内のAIプログラムに反応することで自我を得たのだ。


AIプログラムでも磁気を発生できることが分かってからの研究は速かった。

その後は局所的な磁気の反発や引き合う力を使い関節部分を動かせるよう設計するだけでよかったからだ。


それによりモーターなどの消耗部品を持たない劣化しないゴーレムが誕生した。


元は金属生物なので食事は不要。

欠けた部品の修復を行う際に金属をとり込む必要はあったが、ほぼメンテナンスフリーで永続的に機能する設計だった。


こうして完成のめどがたったわけだが、金属とは言え 合成獣キメラに自我を与えることは危険だと反対する意見もあった。


そのため、インストールされたAIプログラムには安全策が施された。覆すことの出来ない命令でありゴーレムにとっては存在目的ともなる指針だ。


ただ、未来がどのように変化するのか誰にも想定できないため、柔軟に考える能力を阻害しないよう命令は3つに絞られた。


 1.冷凍保存室に保管された人間に危害が加えられないよう守ること。

 2.冷凍保存室に保管された人間が起きた後はその命令に従うこと。

 3.平和な社会を築く手助けをすること。


1.に関してはDNAにより守る対象を特定しているので、冷凍保存から起きた後も有効な命令だ。当然、外から危害が加えられないよう守るだけでなく、ゴーレム自身が危害を加えられないようにもなっている。


ただ、他の人間が攻撃して来る可能性も考慮し、あえて人間全般への攻撃を禁止していない。


また、ゴーレムは小さな人間サイズなので一応銃器も使えるが、文明が崩壊した後のことも考え、銃弾の様な消耗品に頼らない剣を用意した。


材質は超硬合金を使用。騎士というモチーフ的に刀ではなく剣だ。


ただ、剣の制作は外部の製作所に依頼していたため、連絡ミスで小さくなったゴーレムには不釣りなほど大きな剣になってしまったが、力は十分にあるし、体重も重いので振り回されることもないだろうと作り直しはされなかった。


2.に関しては、起きた後のことは冷凍保存されている人間に任せた方がよいので大まかな指示となっている。


そして、これら3つの使命以外に定期的に外の世界が安全かどうかを確認し、安全になったら保管された人間を解凍し起こすというプログラミングもなされている。


ただ、危険かもしれない外に出て安全確認するとなるとゴーレムが破壊される可能性があるし、地下4階以上に人間が生存していれば隠し扉が見つかるので望ましくない。


そのため、地上にはいくつものカメラやセンサーが設置されており、その修復・取替えが地下5階からできるようになっている。


そのほか、人工衛星からの画像も送られてくるが、これはそう長くは持たないはずなので、あまりあてにはされていない。


3.に関しては、冷凍保存されていた人間の手伝いだけでなく、その子孫の手伝いも視野に含めているので、あえてDNA情報などの縛りを含めていない。


また、地上が安全になるまで長い時間がかかるはずなので、その時間を使い、人間では答えの出せなかった平和な社会の作り方について考察することも含まれていた。


メモリークリスタルに保管された過去のインターネット情報すべてをAIに再学習させ、冷凍保存から目覚めた後、作るべき社会の在り方の参考にしようというのだ。


ドラゴンを含む 合成獣キメラたちがN国の地を踏むころ、ゴーレムは完成し、地下5階、冷凍保管室前のコントロールルームに安置された。


人類の未来を託された10名も眠りにつき、地下5階へと続く階段はしっかりと隠され、人々の記憶から消し去られた。









安全確認、平和な社会への考察、カメラやセンサーの修理交換、それらを繰り返す日々を過ごす間に300年の月日が過ぎた。


そして、地震がやって来た。F山が噴火したのだ。シェルターの入り口も埋まってしまった。


地熱発電も故障し、緊急用の補助電源が作動。


ゴーレムはカメラやセンサーによる安全確認ができなくなる。


外に出てると細菌を持ち帰るかもしれないので修理のため外に出ることは禁止されている。


そのプロトコルに従うなら外に出ずにできる範囲で修理屋安全の確認を行う必要がある。だから、ゴーレムは地下1階まで上がる決断を下す。


地下4階へと続く扉はゆがんでしまったようで普通には開かない。扉の向こうの気配を探知するが、音一つしない。


ゴーレムの力は普通の人間の力とは違うので、歪んだ扉も無理やり開くことが出来た。


上の階に出ると、色々と倒れ、壊れている。だが、人間は見つからない。


地下3階、2階と上へ進む。地下1階に出入り口がある。地下施設なので地上階はダミーなのだ。入り口の扉は大気圏突入にも耐えられる特殊なセラミック製だが表面がとても熱くなり赤く焼けている。開けたとしても今開くのはまずい。


その手前の部屋にみんながいた。焼却炉で燃やされ骨壺の代用品のようなものに入れられた人と、焼却されていないが完全に白骨化した遺体が丁寧に並べられている。恐らく長い年月の間に焼却する燃料がなくなったのだろう。


最後に看取った人の遺体はない。出て行ったのかもしれないし、みんなの間で横になって死んでいったのかもしれない。




外には出られないことが分かった。時間をかけシェルター内部の探索が終わる頃、補助電源が切れた。

地下なので電気が切れると真っ暗になる。暗視能力は備えているが、それでもまったくの暗闇では見えない。


記憶をたどり、シェルター内部のレイアウトを把握しながら進む。

途中非常灯を見つけたがバッテリーが切れてしまっていてつかない。

手探りなんとか地下5階への階段まで戻って来ると、もう外へ出る理由もないので扉は閉めておく。


念のため地下5階の様子を確認すると、異常が見つかった。冷凍保存室のロックが解除されていていたのだ。電源が切れたためだろう。


中を確認すると、10台の長方形の箱が並んでいる。何も音はしないし、ボタンを押しても反応はない。


電源が止まれば中の人間は死んでしまう。

勝手に温まって起きると言うことはない。

正しく起こすためにも電力は必要なのだ。


ゴーレムのAIは優秀だが、発電は出来ない。補助電源が止まったのは燃料がなくなったからだ。

ゴーレムのAIは優秀だが、燃料は作れない。



ゴーレムは守るべきだった人たちが朽ちて行くのをその後何年も見守った。そして、自らの存在意義について考える。



目的1の冷凍保存室を守る必要はなくなった。

目的2の保管された人間が起きる可能性もなくなった。

残るは目的3の平和な社会を作る方法を考えることだけだが、それも最後の人間が死に絶えたので、ある意味達成されてしまった。争いのない社会の実現だ。



動く理由も考える理由もなくなったのでスリープモードへ移行することにした。

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