第35話 死ぬには良い日

 それは、怒涛の勢いで押し寄せる怪物たちを、少女たちが片っ端から撃ち殺していくという、極めて非現実的な光景であった。


 果敢に銃の引き金を引く少女たちの姿もさることながら、――まるで恐れを知らないミュータント共の行動にも不可解さを感じる。

 通常、動物は自分の死を最も恐れるものだ。故に、獲物を追い詰める際はもっと慎重な手段をとるはず。

 だが、目の前にいるミュータントどもには、自分の命を尊重する気配がまったく見られない。

 何かに似ているなと思ったら、アクションゲームなどに登場する、有象無象のザコ敵。プレイヤーに爽快感を与えるため、隙だらけで登場するあいつらだ。


『ぐるぅあああああああああああああああああああああああああああああッ!』


 蛮声を上げながら、怪物どもが次から次へと襲い掛かかり、……その頭が順番に炸裂していく。


「……ココア、左から10まで」

「モミジ、左、11から14!」

「サクラ、右、5まで!」

「おつかれ! 最初のラッシュはあらかた片付きました!」


 少女たちは、独自の掛け合いでミュータントの駆除を効率化しているらしかった。

 それがどういうものかはよくわからないが、とにかく少女たちが掛け声を上げるたび、襲い来るミュータントが次々と肉塊になっていくことはわかる。


「……非戦闘員、――特にラムネとテブクロは弾を無駄にしないで。仲間と同じ敵を標的にしないこと。二人は弾丸を温存して、至近距離に寄ったやつだけ仕留めて」

「りょ、了解ですッ」

「……ツバキ、コンマ数秒ほど反応が遅れてる。休んでる間に腕、鈍った?」

「いえっ! 大丈夫です、次のラッシュは気合い入れます」

「よろしい」


 その様を、僕と豪姫はぼんやりと眺めていた。

 「念のため」とココアから渡された銃が、まるで頼りないものに思える。

 その分、ココアたちがかつてないほどに頼りに思えているから十分だが。


「――“狩りの日”は、いつもこんなに危ないのか?」


 僕がすぐ近くにいた“運命少女”の一人、――ツバキに声をかけると、


「いつもはもっと多いくらいですよ♪ 今日は少なめです。たぶん、先に来たヒマリさんがいくらか片付けてくれたからじゃないかな?」

「そ、そうか……」


 ミュータントの残骸が足元にまで飛び散っているのを見て、僕は悲鳴を上げて飛び退く。


「だが、あまりのんびりしていられない」

「…………………………………わかってる。けど」


 ココアはきり、と小さく音を立てて歯噛みした。

 彼女にしてはわかりやすく焦っている。


「…………………………迂闊に動けば、肉片になるのは私たちだから」


 彼女は決して手を抜いているわけではない。それがわかるだけに、僕はそれ以上彼女を動揺させることはしなかった。


「やはり、普通のやり方じゃあとても間に合わん、か」

「………………………………………………………………………………うん。残念ながら」

「だから、普通じゃないやり方で追う。――いいな?」


 ココアは一瞬、心底悔しそうに歯噛みして見せたが、――やがて、それしか手段がないことを納得すると、小さく頷く。


「……………………………………………………………………わかったよ、マスター」



 かんかんかん、と足音高く鋼鉄の階段を駆け上がりながら、新築のマンションと思しき背の高い建物を昇っていく。

 統率の取れた少女たちのほとんど最後尾にいて、


「ぜーっ、はーっ! ぜーっ! はーっ! ぜーっ! はーっ! ぜーっ! はーっ!ぜーっ! はーっ! ぜーっ! はーっ! ぜーっ! はーっ! はーっ!」


 僕はと言うと、さっそく息が切れ始めていた。


「お、屋上はまだかッ?」

「……まだ三階まで昇ったところだろうが」

「も、もう無理、心折れた……ッ!」

「おい! さすがにそれは気合が足りなすぎるぞ!」


 豪姫がぷんすか怒って檄を飛ばすが、いかんせんこちらは基礎体力がない。


「できればちょっと休みたいんだけども……三十分ばかり」

「ばか! 間に合わなくていいのかッ。ヒマリはどうなる?」

「ぶっちゃけ何するのも本人の自由な気がしてきた」

「お、オメー! さっきまでの覚悟に満ちた眼差しはどうした! ちょっとだけ見直してたのに!」

「だってここ、錆と埃だらけだし汚いし怖いし、正直いってもう帰りたい」

「このクズやろー!」


 信念に反して弱音を吐きまくっていると、殿を務めていたココアが眉を潜めて、


「…………………………………………………………わかった。マスターは休んでろ」


 僕の身体に手を回して、軽々持ち上げる。


「おわっ! 何するココア!?」

「……………………………………………………………………こうした方が早い」


 その格好は俗に言う、“お姫様抱っこ”というやつで。


「ブッフォ! あひゃひゃひゃひゃ! 自分より背の低い女の子にお姫様抱っこって!ウッソだろオメー、かっこわる! あはははは!」


 ……格好悪いって。豪姫にだけは言われたくないのだが……。


「ちょっとまてココア、さすがにこれは……」

「……………………こまけーこと気にしないの」


 同時に、がくんがくんと世界が揺れる。ココアが猛烈な勢いで階段を昇り始めたのだ。

 そのスピードは完全に常人のそれをしのいでおり、十七階からなる高層マンションが瞬く間に踏破されていく。

 その間、僕は必死の想いでココアの肩を抱いていた。それでも肌は極力接触しないように最大限の注意を払ったお陰で、なんか組体操をしてるみたいな格好である。


「あーっ残念。今のポーズ、写真に撮ったらぜってー後の想い出になるのになー」

「お前は転んで変なところ怪我しないことだけ考えてろ」


 だが、ココアの機転で、予定よりかなり早く階段を昇ることができた。

 完全に錆びて壊れてしまっている鉄扉を抜け、マンションの屋上に出る。

 そこでは、先着していたツバキたちが双眼鏡を覗いていた。


「ココアッ! ヒマリさんの姿、発見しました!」


 彼女が見ているのは、大方の予想通り、僕の家がある方向である。


「そうか……」


 僕はツバキから双眼鏡を受け取って、彼女が指し示す方向を覗き込む。

 すると、……見えた。

 累々と積み重なるミュータントの死骸を乗り越え、よろめきながらもなお、進むことを諦めずにいるヒマリの姿が。


――あんなに薄汚れて……。


 惨めなその姿に、胸が痛くなる。

 だが一方で、ひとまず事態が想定通りに展開していることに安堵していた。

 問題は、次の一手だ。


「例の物の用意は?」

「大丈夫です♪ なんとかコシアンが間に合わせました」

「そうか。ありがとう」

「しかし、――マスター、本当にやるつもりですか?」

「うん。やる」


 ここまで来てはもう、単純にやるかやらないかの問題だ。

 体力が不足していたり、あまりに不衛生すぎたりしてやれないというなら後々納得もできよう。だが、ここまでお膳立てをされて「やらない」を選択する手はない。


 そこで、分厚い眼鏡をかけた”運命少女”がゆらゆらと左右に揺れながら現れて、


「やあ、マスター。死ぬには良い日だねえ?」


 と、縁起でもない冗談を言う。

 だが、別段怒りはしなかった。何せ彼女、――コシアンを毒舌キャラに設定したのは、他ならぬ僕自身なのだから。

 コシアンとツブアンは、限界まで技術系のスキルに特化した”遺物復元班”の姉妹だ。

今回の作戦も、彼女たちの力がなければ思いつきもしなかっただろう。


「いやあ、普段から色々とアーティファクトで遊んでいて良かったよぉ。こういう時に役立つんだからねぇ?」


 そう言って取り出したのは、――以前、豪姫が見つけてきたガチャの容器である。


「じゃ、覚悟はいいね、マスター。今から貴方を、この容器の中に入れる。原理は知ってるんだよな? マスターは再構成されて、いったんこの球体の中に収納される」

「ああ、問題ない」


 次にコシアンが取り出したのは、巨大サイズの割り箸鉄砲にしか見えないものだ。


「そして、……コイツでヒマリがいる場所へ射出する。着地と同時にスイッチが入って再展開される設計にしておいた」

「――問題ない」

「できれば空中でパラシュートを展開するような仕組みにしたかったのだが、残念ながら安定しなかった。……いやはや、『パラシュートは愛で開く』とはよく言ったもので……あっ、マスターは知ってる? パラシュート収納の作業は昔から妥協が許されないとされていて、そもそもの起源は第二次世界大戦の、」

「わかってる。その辺の説明は省略してくれ」

「……えーっと。だから今回は、大量のクッションと一緒にマスターを容器内に収納する案を採用した。着地と同時にクッションがばら撒かれるはずだから、うまいことそれに載っかって衝撃に耐えてくれ」

「わかった、……問題ない」

「ちなみに、何もかもぶっつけ本番だ。死ぬかも知れないけど、もし死んでも枕元には立たないでもらいたい」

「うん…………わかったよ」


 なんか、話せば話すほどだんだん元気がなくなってきているんだが。


「ちなみに、ガチャの容器内にいる時、意識はあるのか?」

「たぶん、ないかと」


 たぶん……って。


「だって、その時のマスターはマスターの形をしていないもの。圧縮された情報の塊さ。そんなものに意志が宿るわけがない」


 僕の頭に、丸型に肉体改造された自身の姿が映し出された。

 うわ。

 なんかますます怖くなってきたぞ。


「まさか後遺症が残ったりしないよな?」

「おいおい、マスター。ボクが知る限り、後遺症を気にして戦うヒーローなんて存在しないはずだぜ。マスターはボクたちのヒーローなんだろ?」


 うぐ。

 そう言われると、なんだか反論しにくいな。


「……わかった。僕の心配はいいから、なるべく急いで作業を進めてくれ」


 それでも、見かけだけは毅然として言う。

 もちろん内心では、さっさと家に帰ってひとっ風呂浴びることを切望していたが。

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