第33話 土曜クエスト
「それで、最後にヒマリを見かけたのは持ってきた備品類を”倉庫”にしまったところで間違いないんだな?」
「……………………………………………………………………………………うん」
護衛として同行していたココアが、こくりと頷く。
「なあ、ココア。ヒマリは自分の意志で外に出たと思うか?」
「……………………………………………………………………それいがい、ない」
ココアは手慣れた様子で”外界遠征室”の操作卓に指を滑らせた。
「………………………………ん。わかった。ヒマリの転送先、レベル10”エコダ”みたい」
「……江古田?」
もちろんその地名はよく知っている。なにせそこには、僕の自宅があるのだ。
「ヒマリは……ひょっとして僕の家を目指してるのかな」
「……………………………………………………だと思う。他に行くとこ、ないし」
ただし、終末後の世界における僕の家がある地点は、単なる更地に過ぎない。
だが、それでも、――“運命少女”たちにとってそこは、僕との繋がりをほんの僅かでも感じられる、聖地のようなものになっているようだ。
――……うう。愛が重い……。
こうなってくるともう、アイドルか何かにでもなったような気分である。
「ヒマリは、――なんで姿を消したんだろう?」
「…………………………………………。きっと、マスターの考えてる通りだと思うよ」
「そうか」
ヒマリの失踪が、何らかの自傷行為と結びついていないはずがない。
なにせ二週間ほど前、あの娘は自分に向けて、いともたやすく引き金を引いてみせたのだ。
「じゃあ、早く連れ戻さないと!」
陽鞠が心配そうに眉を八の字にしている。
当然、それくらいのことは僕もココアもわかりきっていた。
だが、――。
「……少しばかり、厄介なことがある」
ココアに目配せすると、彼女も黙って頷く。
「なんなんです?」
「今日は土曜日だろ?」
「――? 曜日が何か?」
やはり、『運命×少女』で遊んで間もない陽鞠はよくわかっていないようだ。
「『運命×少女』には、”土曜クエスト”ってのがある。またの名を”狩りの日”、あるいは、”経験値稼ぎイベント”」
「それが……?」
「つまり今日は、ミュータントが大量に発生する日なんだ。エンカウント率が急上昇する日、と言い換えてもいい。だから下手な動きをすると、命取りになりかねないんだよ」
「そ、そんな……」
「もちろん、だからといって諦めるつもりもない。――急ごう。”通信室”で豪姫と連携を取る必要がある」
まったく。
ゲームだった頃の『運命×少女』じゃ、誰かと協力してクエストに挑んだことなど一度としてなかったというのに。
今更になってそのような真似をすることになるとは……。
▼
『――事情はわかった。つまり、こっちの人員も総出でヒマリを探せばいいんだな?』
「いや、全員じゃダメだ。必ず一人は施設に残す」
『あれ、なんで?』
「冷静になれ。もし全員出払ってしまったら、どうやって戻る?」
『あっ……そっかそっか』
基本的に”外界遠征”は、特定の転送ポイントに移動し、そこを拠点に探索を行う。
そして、戻りは転送ポイントに存在するビーコンから施設の待機人員にサインを送った上で帰還する。故に、“外界遠征”に出る者は基本的に三~六人までと定められていた。もちろん、今回は例外的に十一人編成で出ることになるが。
『じゃあ、出動するメンバーをまとめるぜ。――うちからは、ココア、モミジ、ツバキ、サクラ、ミント、コシアン、ラムネ、テブクロ、セサミ、ニマメ、あたしで、ツブアンを待機要員に。そっちは、灰里が出て、陽鞠とゴウが待機要員。……いいな?』
問題ない……と、答えようとすると、陽鞠が割って入った。
「よくない! なんでさっきーくんとごーちゃんが出るのに、私は留守番なんですっ?」
理由はいくつかある。
「君はまだこの世界に詳しくないみたいだし、それに、少し話がややこしくなるかもしれない」
「そ、それは…………」
陽鞠は一瞬、「だからこそ私が行かなくては」という気持ちがありありと伝わる表情で僕を見たが……やがて、小さな吐息と共にうなだれる。
「――わかりました」
その様子に、僕は内心でほっと安堵していた。
エゴイストだと思われても構わない。
――他の誰を差し置いても、陽鞠の安全が保障されてなくては。
そうじゃないと僕は前に進めない。
陽鞠を気遣いながらでは、ヒマリを救えない。
「でも、……さっきーくん。素直に言うことを聞くのは、これで最後ですから」
「うん。わかってる。それでいい」
そうして、僕は立ち上がった。
『よし。そんじゃ、五分後に”エコダ”の転送先で』
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