第20話 アーティファクト
それから一週間ほどは、遠征班によって発見されたアーティファクトの検分・調査に費やすこととなった。
というのも、幾ばくかの協議の結果、
――アーティファクトについて知ることが、この世界の本質への理解へと繋がる。
と、判断したためだ。
これには根拠がある。
そもそも『運命×少女』は、バックグラウンドにある世界観の解釈がプレイヤー側に委ねられているタイプのゲームだ。
プレイヤー側はゲーム中に登場する様々な
まあ単純に、『ドラえもん』のひみつ道具めいたアーティファクトの数々に豪姫の感心が向いただけ、……とも言えるが。
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その日も自室で本を読んでいると、
『おいおい! 見ろよ灰里! これ、なんだと思う?』
と、豪姫がぴょんぴょん踊るような仕草でスマホの画面内に現れる。手に入れた玩具を自慢したくてしょうがない、という具合に。
「……また新しいアーティファクトが見つかったのか?」
『おうとも。――倉庫の中にぽつんと置いてあったんだ』
「そうか」
これまでの経験上、外界だけでなく、施設内にもいくつか未使用のアーティファクトが存在していることが判明していた。今回はそのパターンらしい。
今回、豪姫が持ってきたアーティファクトは、カメラがくっついた球状の機械のようなものと、電動歯ブラシのオバケみたいな器具だ。
『まず、こっちから』
豪姫は球状の機械のようなもののスイッチを入れて、ぽーんと宙空に放る。
するとその機械は空中でピタリと静止して、「ヴィーン」と音を発した後、豪姫にカメラ部分を向けて、3D映像を投影する。
名前:カリバ ゴウキ
健康値:988
筋力:332
体力:691
敏捷力:679
魅力:966
知力:899
スキル:なし
装備:なし
「ほう。これは……ゲームでも見たことがあるな。”ステータス画面”か」
『そーいうこと。いやー、こういうの見ると、やっぱゲームなんだなって思うな!』
ってか豪姫のやつ、結構パラメータ高いな。なんか悔しいぞ。
『これおもしれーな! ……ちなみにこの、スキルって欄は……』
「そのキャラクターの持つ、様々な技能が表示される。――例えばヒマリだと、《創造性》とか、《カリスマ》、《ナイフ技術》とか。そういうのだ」
『ふーん。でもなんのスキルもないってのは寂しいなぁ。あたし、わりと多芸のつもりなんだけど。習字で賞もらったこともあるし。あとはそろばんとか。けん玉とか。ヨーヨーとか。ストリングプレイスパイダーベイビーとか』
「よくわからんが、そういう細々としたのは表示されないんだろう」
『ぐぬぬぬぬ』
豪姫が不服そうに唇を尖らせる、僕はさっさと次の話題を振った。
「それで? ……もう一つの電動歯ブラシみたいなのは?」
『あ、これ?』
すると、ケロッと感情を切り替えて、
『そうそう! これも、ほんとにすごいんだッ』
彼女のそういうところは、心底羨ましいと思う。
『このアーティファクト、使うと自分の容姿を自由に変えられるらしーんだ』
「自由に整形できるってことか?」
『うん。それどころじゃなくて、モジャモジャっと毛を伸ばしたりもできる』
言いながら歯ブラシ型のスイッチをオンにすると、豪姫の口元から、ものすごい量の白髭が出現し、あっという間に一万年の時を生きる仙人のようになった。
『ワシジャヨ、シンイチ。……なんつって』
「……止めときなさい。君だって見た目は一応、美少女キャラなんだから」
『ウヒヒ』
笑いながら、アーティファクトのスイッチをいじる。
すると、はらはらと彼女の髭が抜け落ち、いつもの狩場豪姫が戻ってきた。
『あと、おっぱいをめっちゃ大きくしたりもできる。……これすげーよな。現実世界に持ち帰ったら世界中、美男美女しかいなくなるぜ。みんなイケメン俳優そっくりの顔になったりしてな』
そりゃまた、随分と物議を醸しそうな……。
「……しかし、これで新しくわかったことがあるぞ」
『ん? なに?』
「『運命×少女』には、ゲーム開始後でも少女たちのキャラクターメイキングをやり直せる機能がある。そういう場合はきっと、そのアーティファクトを利用して行なっていた……ということになっているのだろう」
『ほうほう。……そーいう言い方するってことはこれ、ゲームには出てこなかったのか? ステータスを見る装置も?』
「ああ。僕の知る限り、そのような形のアーティファクトが存在したという話は聞かない。たぶん、君が『運命×少女』の世界に訪れたことで顕現したアーティファクトなのだろう。……例の、”異界遠征券”と同じく」
『ふむ……ってことは……ええと。ドーイウコトカナ?』
「これは恐らくだが、いま君のいる『運命×少女』の世界は、それまでゲーム的な仕様としてスルーされていた部分も含めて、世界のルールの中に組み込まれているのだと思う。恐らくは、ゲーム制作者の意図すらも超えた、独立した空間として」
『ふむ。……やっぱ灰里は、ゲームの開発者はこの件に関わってないと思うのか? ふつーなら一番の容疑者ってところだけど』
「無論だ」
僕は泥を吐き捨てるように言う。
というのも、先日の学校帰り、秋葉原にある『運命×少女』の制作会社に顔を出して「おたくのゲームの世界に知り合いの女の子が閉じ込められたんスけど」と問い合わせたところ、完全に狂人扱いされたためだ。
『でもあいつら、秘密を隠してるだけかも』
「そうは思えん。連中の対応に裏表はなかった」
『……そーかな? そりゃあ、訪問と同時に、応接室のソファをピカピカになるまで磨き始めたら、頭のおかしいやつ扱いされるのが当たり前だと思うけど』
「僕はあの、タバコの匂いが染み付いたソファを新品同様にしてやったんだぞ? 感謝されこそすれ、イカれた人間扱いされる筋合いはない」
『でも、対応してくれたおじさん、さいしょオメーのこと「掃除業者の方?」とか言ってたし』
「……。とにかく、その件はあまり掘り下げないことにしよう。ゲーム会社はシロだ。探るなら別の線にする」
『ほんとかぁ?』
この議論は、昨晩からずっと繰り返し行われている。ちなみに結論らしいものは一切でていない。
「……まだ何か気になることでもあるのか?」
『うみゅ』
豪姫は、いつもの「ベッドの上であぐらをかくポーズ」をとって、ふむむと考え込む。
『良く知らんけどこーいうゲームって、たくさんの人が関わってできるモンだろ? だったら全員が全員、この件に関わってるとは限らないじゃないか』
「つまりこういうことか? 『昨日の連中は君をスマホの中に閉じ込めた恐るべき技術を持つ秘密組織の末端に過ぎなくて、真の黒幕は他にいる』と」
『あくまで可能性だけどね』
……ふむ。
物語でそうした可能性が提示された場合、大抵それは少なからず真実を含んでいるものだが。
「僕としては、そっち側で何かのヒントを掴んでくれることを期待している」
はっきり言って、僕は探偵に向いた性格ではない。夏の暑い日など、十五分以上室外に出ただけでたちまち前後不覚に陥ってしまう類の人間だ。そんな僕に、人知れず人間を異世界に攫っていく秘密組織(もしそんな連中が実在したらの話だが)の相手は手に余る。
『……そだね。まー、気長に待ってりゃ、海路の日和も来るか』
まったく、こいつの前向きさが羨ましいな。
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