第10話 屍肉を喰らう場所

 翌日の土曜日はちょうど休みであったので、豪姫が失踪した日の足取りを追うことになった。

 当の本人曰く、


「とりあえずバーキソ寄ったとこまでは覚えてるんだけどなー?」


 とのことで。

 僕は今、生まれて初めてハンバーガーショップなるものの店内に入っている。


「………………………………………………………………………………………………」


 『ハンバーガー木曽キソ』と看板が掲げられたその店内は、狂気的なまでに不衛生な環境下で、多くの人々がパンで動物の死肉をはさんだものを貪っていた。

 しかもただ食べているのではない。

 手づかみで食べているのだ。原始人のように。


「……ここの客は、どういう罰でこんなところで食事をする羽目になってるんだ?」

『連れてきてもらった立場で言うのもなんだけど、オメーちょっと言葉を選んだほうがいいと思う』

「これぞ正しく、世に蔓延る退廃の象徴だな」


 実際、この世界に存在する病気の何割かは、この手のハンバーガーショップが原因であろうことは間違いなかった。


「いらっしゃいませー! お待ちのお客様はこちらへ!」


 躁病患者のように明るい店員が声をかけてくる。


「お客様ー? お客様ー、あのー?」


 僕は彼女を無視して、さっさと店の中を横切っていった。


『……知ってるか? この手の店に入って食事をしないのって、そこそこ失礼なことなんだぜ』

「しらん。冗談じゃない」


 シャッターを閉めるような口調で答える。


『せっかくなんだから、ここでお昼すませばいいのに。けっこーイケるよ?』

「何をいう。こんなところで食事するくらいなら、首を刎ねられたほうがまだマシだ。それに、そもそも僕は肉を食べられない」

『……へ? そーなの?』

「うん。正確には食べられないことはないのだろうが、食べたことがない。だから食べない」


 そこで少女の好奇心に火がついたらしく、


『え? え? え? じゃあお魚は?』

「獣肉だろうが魚肉だろうが、似たようなものだろうが。肉は食べない」

『へえー? 本当に? そーいうの、売れない芸人がキャラ付けのために言ってるだけだと思ってた』

「……。そんなことより、何か思い出したか」

『いんや。……なんか引っかかるものはあるんだけど。今んとこ陽鞠と新作ハンバーガーの品評会を開いたことしか思い出せないなあ』

「なんだと? 陽鞠さんもここで食事したのか」

『当たり前でしょーが』


 なんという……。

 女神を陵辱されたような気分だ。

 そこで僕は、床に落とされ、土足で踏みしめられたフライドポテトの死骸を見て、ジェット噴射を思わせる勢いでストレスが加速していることに気づく。


「すまん、正直あまり長時間ここにいられそうにないのだが」

『……ちょっと待て。なんか……もうちょっとで思い出せそうなんだけど……ふうむ』

「頼む。長く持ちそうにない」

『急かすなって』


 僕は、二人が当日座っていたという、隅の方の座席にスマホを向けて、彼女が納得するのを待つ。


『あーっ、思い出した! 公園だ! 近所にある”どれみ緑地”!』

「バカ。声が大きい」


 周囲の客の視線が集まるのを感じて、僕は素早く店を出た。

 だが、記憶の一部が蘇った豪姫は、ポケットの中でも構わずまくしたてる。


『“どれみ緑地”っていうのは、陽鞠の家の近くにある公園なんだけどさ、いつもそこで、ちょっとだけ立ち話してから別れるんだ……そんで、陽鞠と別れた後、……誰かとそこで会った。その後……こんな風になった……ような……気がする』

「そうか」


 『ハンバーガー木曽』から足早に離れながら、僕は短く答えた。


「ということはつまりこれは、超常の力を持った何者かの仕業、ということか」


 あるいは、本当に宇宙人の仕業だったりしてな。


『そうかも。……まだ断定はできないけど』

「何にせよ、早くそこに向かおう」

『待って。さすがに危険だ。もし灰里まで同じ目に遭ったらどうする』

「その時はその時で、うまく切り抜けるしかないな」


 おざなりに応えてみたが、何も全く考えなしの言葉じゃあない。


「実際、不思議な力の持ち主がその公園にいたとして、そいつがとてつもなく理不尽なやつだったとしても……その行動にはきっと目的とルールがあるはずだ。でなければ、わざわざ君を、クラスメイトである僕のスマートフォンの世界に転移させるような真似をするとは思えない」

『……そうかな』

「それに、もしこうなった原因とされる何かが陽鞠さんの家の近くにあるとするなら、急ぎ解決せねば。僕がどうなろうが、陽鞠さんが犠牲になるような事態だけは回避せねばなるまい。そうだろう?」

『オメー……』


 豪姫は、目が覚めたような表情で僕を見ている。

 そして、にっと唇を斜めにして、


『ひょろがり野郎のくせに、思ったより男らしいこと言うじゃん』


 大きなお世話だ。

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