第11話 不思議な直感
公園に到着すると、すでに昼を回っていた。
”どれみ緑地”は、一目で全体を見渡せる程度の小さな公園である。
子供向けの遊具としては、滑り台とブランコが一台ずつあるだけ。
僕は、いかにも「散歩をしているだけの完全無欠に無害な人間」といった顔つきでスマホをあちこちに向けながら、公園の中を探索する。
だが、三十分以上かけて入念に捜査を行ったにも関わらず、僕達はなんの成果も得られなかった。
『おっかしーなあ。でも、絶対この公園になんかあるはずなんだよ? だってあたし、ここに来た記憶が最後なんだもん』
と、豪姫。
「……もっと詳細には思い出せないのか?」
『ううむ。……なーんか、誰かと会ったような記憶はあるんだけどなー?』
「何者なんだ、そいつは。男か、女か。何か特徴のようなものは?」
スマホの中の少女は『むーんむーんむーんむーん』と死にかけた蝉のような音を発した後、
『……ダメだぁー。ぜんぜん思い出せん。でも、ここになんかがあるってとこまではわかってるんだけどなー』
本人がそう言うからには、やはりこの場所が怪しい気がするが。
と、そこで。
「…………あっ」
という、か細い声が聞こえた。
その声にはもちろん聞き覚えがある。
「…………日野さん」
彼女の声であれば、例えたった一言であろうと瞬時に聞き分けられる自信があった。
――そういえば、ここは陽鞠の家の近くだと言ってたな。
僕が片手を上げて挨拶しようとすると、少女はそっと木陰に隠れた。
どうやら僕を避けたいらしいが、もう遅い。
僕はつかつかと木の裏に回り込んで、
「やあ。調子どう?」
「あのその……ええっと、」
陽鞠はしばらく視線を宙に彷徨わせた後、
「き、奇遇ですねえ?」
「いやはやまったく。奇遇だ」
二人揃って、不器用な挨拶を交わす。
「えっと、今日はなぜこちらに?」
「……ちょっとした思いつきでね」
「おもいつき? なんの?」
どうにも僕の言動は、周囲の人間を妙な方向に勘違いさせる癖があるらしい。
僕は慎重にその後の言葉を選びつつ、
「日野さんが、……よくこの公園を利用してるって聞いたからさ」
「……ってことは、私に会いに?」
「そんなとこかな。昨日のことで、君に迷惑をかけてないか心配になってね。君が少しでも不愉快な想いをしているなら、謝らなくちゃいけない」
すると陽鞠は、火が灯ったように耳まで赤くなって、
「め、めめめ、迷惑だなんて、そんな……」
と、しどろもどろになる。
ストーカーみたいに思われていないか冷や冷やものだったが、どうやら悪印象は抱かれなかったらしい。
――なるほど。豪姫が言っていたのはこういうことか。
同じ言葉でも、お互いの関係性によって感じ方も変わってくる……、と。なるほど。
「ところで、最近この辺で変わったことはない?」
「変わった……?」
「なんでもいいんだ。……変な人がうろついていた、とか」
「うーん。どうでしょうか? 特に何も思いつきませんけど……」
まあ、そうなるよな。探しものの見当がついているならともかく、こんなふわっとした質問のされ方じゃあ。
「でも、なんでです? 何か気になることでも?」
「うん。そんなとこだ。……ところで」
――これ以上この話題を掘り下げると、妙なところでボロが出かねない。
そう判断した僕は、素早く話題を切り替えることにした。
「日野さんこそ、今日はなんでここに?」
すると陽鞠はわかりやすく動揺したあと、
「あーっと。えーっと。そのお……ちょっとしたハイキング、的な?」
……この娘、嘘が下手だな。
この公園は、ハイキングコースにするにはあまりにも物足りなすぎる。
だが。
もし、これから彼女が秘密にしたい何かが起こるというなら、僕はそれを尊重したい。
「じゃあ、僕はこれで……」
別れの言葉もそこそこに、陽鞠に背を向ける……と。
『とおるるるるるるるるるるる。とおるるるるるるるるるるる』
スマホから怪音が鳴った。
『とおるるるるるるるるるる! とおるるるるる!』
電子音を装ったその声に、狼狽しながらスマホを取る。
――人前では声を出さない約束だろうが!?
そう思いながら、実にさりげなくスマホを耳元に寄せると、
『ばか。陽鞠が困ってるだろ。チャンスじゃないか。話を聞けよ』
「……なに? 彼女が困っているのは、僕がここにいるからではないのか?」
『あほ。うんこ野郎』
「まて、清潔であることに関しては他の追随を許さないこの僕を捕まえて人糞とはどういう了見だ。許さんぞ」
『カスみたいな御託はいいから、陽鞠に事情を聞け。いますぐ聞け。話はそれからだ』
……ふむ。
口ぶりは気に食わんが、ここは彼女の言葉に従ってやるか。
僕は、その場でぐりんと半回転し、陽鞠と視線を合わせ、できるだけ自然な笑みを顔面に貼り付けて、
「ところで、僕の力が必要なサムシングがあるのなら、いくらでも助けになるつもりだけども?」
と、言う。
すると陽鞠は、しばらく僕の顔をまじまじと見て、
「助け、……ですか」
明らかに沈痛な面持ちを作った。
僕は、彼女がそんな顔をしているのを見ていられなくなって、
「いや、もし思い違いなら構わないけど」
すぐさま引きさがろうとする。
と、
――くいっ、
右袖が引っ張られた。
「……あっ」
どちらかというとそれは、陽鞠自身、ほとんど無意識に手が伸びたように見える。
まるで、溺れるものが藁を掴むみたいに。
「ご、ごめんなさい。さっきーくん、他人に触れられるの、ダメなんでしたっけ」
少女の視線は、僕の両手の絹の手袋に移っていた。
「でも、……その。少しばかり、ご相談したいことが」
瞬間。
どきり、と、心臓が乱暴に握られたように痛んだ。
というのも、
――僕はきっとこれから、ずいぶん情けない想いをする羽目になる。
そんな、不思議な直感が働いたためだ。
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