第5話 十二人分の命

 次の日。

 きっかりいつも通りの時間に目を覚ました僕は、ぐにょりと背伸びした後、緩慢な動作でスマートフォンを手に取る。

 そこには、――くだんの狩場豪姫の姿はなく。

 いつも通りの『運命×少女』のゲーム画面があるだけだ。


「おはよう、ヒマリ」

『おはようございます、マスター』


 ヒマリもテンプレートの台詞を言うばかりで、何の異常性も認められなかった。

 全身から空気が抜け出ていくような、深い深いため息が漏れ出て。


「やっぱり。……あんなこと現実に起こる訳ないか」


 母なし、父なし、兄弟姉妹なし。

 そんな孤独な生活が生み出した、泡沫の夢、……と。そういうことだろう。


――正直、そうじゃないかとは思っていたけどな。


 だってクラスメイトの女の子が現れて、しかも裸なんだもの。

 思春期特有の欲求が生み出したアレに決まってる。


「しかし夢なら夢で、なんで出てきたのが豪姫なんだ。できればもっとおっぱいの大きい……」


 そう、ため息交じりに呟くと、


『お言葉ですが、マスター。昨夜の一件は夢などではありません』


 ヒマリがどこか困ったような表情で応えた。


「…………なッ…………!」


 完全な不意打ちだったからだろう。口を鯉のようにぱくぱくさせていると、


『ひどいんです、マスター。豪姫さんったら私の大切な寝床を奪っただけでなく、勝手にあちこち荒らし回るんですよ?』

「う、あ、う……」

『そう。その通りなんです、マスター。とっても「う、あ、う」な事態なんです。……私、色んな”運命少女”とお友達になってきましたけど、なんでか彼女とはうまくやっていける自信がないような……あのぅ、聞いてます?』


 信じられない。

 ヒマリがしゃべっている。こんなにも流暢に。本当に生きてるみたいに。


「……君は、本当にヒマリなのか?」

『もちろんです、マスター』

「先月は、一緒に誕生日を祝ったよな? その時のことは覚えているか?」

『当然です、マスター。あの時マスターは、私に素敵なペンダントを送っていただきましたよね。……その後、たくさん頭を撫でていただきました』


 ぽっと頬を赤らめるヒマリ。


『それとキスも、』

「――わかった。もうそれ以上言わなくていい。あとその話はなるべく豪姫にはしないように」

『もちろんです、マスター。二人の想い出は二人だけのものですから』


 なるほど。

 信じがたい話だが、今の“ヒマリ”には意志が宿っているらしい。


――もうこうなってくると、『シュ●ー・ラッシュ』とか『トイ・●トーリー』の世界だな、こりゃあ……。


「ところで今、豪姫はどうしてる?」

『わかりません。恐らく施設のあっちこっちを探索しているかと。「学校行く時間になったら戻ってくるゾ」だそうです』

「そうか、わかった」


 では、彼女が帰ってくる前に、さっさと学校に行く準備を済ませるか。



 朝食を用意して、皿をテーブルに並べた頃だろうか。


『おっはよー☆ げんきー?(横ピース)』


 と、元気ハツラツな笑顔を向けて、狩場豪姫が現れた。

 明日をも知れぬ身分だというのに、元気な娘である。

 まあ、セカイ系アニメの主人公みたいに、我が身に降りかかる不幸を悲観して、ずっとウジウジされるよりはよっぽどいいが。


「……っていうか君、本当にずっと裸でいるつもりなのな」

『あたぼーよ。言っとくけどあたし、警察に捕まらないんならどこでも裸でいたかったくらいなんだぜ』


 ホントかよ、こいつ。とんでもねえな。

 呆れた表情で豪姫を見ていると、彼女のおへそのあたりから、『くぅー』という犬の鳴き声のような音が聞こえた。


『………………』

「………………なんだ。腹減ってるのか」

『……………………………てへへ』


 あ、それは恥ずかしいんだ。


『ってわけで、そろそろご飯を用意してくれると嬉しいんだけれども』

「食事?」

『うん』


 僕は一瞬だけ考え込んでから、


「自分で準備できないのか?」

『どうだろ。よくわかんない』


 わからないとは、これいかに。


『他の子たちに聞いたんだけど、みんな「おなかが減ったらマスターが用意してくれた」って、それだけでさ』

「……ああ、そうか」


 『運命×少女』は、少女たちの世話をするゲームだ。一応、食事を与えなくとも彼女たちは自力でなんとかするらしいが、僕はゲームを開始した時から一日もかかさず少女たちの面倒を見てきた。彼女たちが食事の準備の仕方を知らなくても無理はない。


「一応、ゲーム的には食料生成システムフード・ジェネレーターと呼ばれるものを利用することになってる」

『ふーど……?』

「ボタンをぽんと押すだけで食べ物を出してくれる便利な機械……ってところかな」


 そこで僕は、


「使い方を教えるから、ちょっとどいてくれ」


 と、断って、(一応、絹の手袋をつけてから)スマホを手に取る。


「ええと。……ゲームの通りなら、たしか、ここをこうして……」


 カメラを操作し、画面の隅にある電子レンジに似た装置の傍にあるスイッチを、『25567』と入力する。

 5桁からなる数字の配列は完全に暗記していた。それだけ何度となくこの番号を押した経験があったためである。

 豪姫が固唾を飲んで見守る中、『ヴィーン』と音を立てて食料生成システムフード・ジェネレーターが作動し、カップラーメンが出来上がるよりも早く、僕が「朝食セット」と呼んでいるシロモノ(チョコレート味のブロック型食糧とコーヒー)が、装置内に出現した。


『うっわ! これちょうべんりじゃん!』

「他にもいくつか番号を教えておく。食べたいものの品番を押せば、いつでも食事ができるからな」

『へえ! すっげえ! こりゃあみんなにも教えないと!』


 言いながら、豪姫が嬉しそうに角ばった茶色い食べ物に噛み付く。


『うん。ちょっぴりぱさぱさしてるけど、そこそこイケるよ』


 それは何より。


「ところで。さっきもちょっと引っかかっていたんだが、……ひょっとしてそっち側には、君やヒマリの他にも“運命少女”がいるのか?」

『あれ? 言ってなかった?』

「聞いてない」


 胃の中に重たいものを感じながら、


「ひょっとしてそれ、……結構たくさんいるんじゃないか?」

『そうだよ。あたし含めて、十二人くらいかな』


 くら、と、一瞬、目眩を起こしそうになる。

 そりゃそうだよな。ゲームでもそれくらいいた記憶があるもの。

 彼女たちがみんな、ヒマリのように“生きた人間っぽく”なっているのだろうか。

 ってことはつまり、僕はポケットの中に十二人分の命を抱えて生活しなくちゃならない訳で。


――最悪だ。


 僕の両肩にずしんと「責任」という二文字がのしかかってきた気がして、改めて先が思いやられるのであった。

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