第4話 ソーシャルゲーム『運命×少女』の世界

 結論から言うと、そう簡単にことは運んではくれなかった。


『よーしそれじゃあ、いっちょう本格的にここの探索をしてみますかあ!』


 ……と、意気揚々と画面外に飛び出していったのが、今から三十分ほど前。

 ずいぶんしょんぼりした表情で戻ってきたのが、数分ほど前。


『いったいぜんたい、ここは……』


 ぼそりと呟いたのが、つい数秒前。

 そして今、


『どこなんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』


 と、絶叫している。


「どうした? 何をみた?」

『どーもこーもないよッ! ……この場所は、ぜったいどうかしてる!』

「……できるだけ感情を交えず、事実を客観的に述べてくれ」

『ここは……あたしがさっきまでいた場所とは違う。まるっきり異世界みたいだ』

「なぜそれがわかった?」

『……あんたの言うとおり、“てんそー装置”? ってのがあったんだ。なんか、ゴチャゴチャした機械がくっついたどこでもドアみたいなやつ』

「ほう」


 やはり、そこまでゲームに忠実な作りになっていたか。


『そんで、それ使ってあたし、地上に上がろうとしたんだけども』

「……そこで、何かを見たんだな?」


 豪姫は、先程自分が目の当たりにした光景を、身振り手振り付きで臨場感たっぷりに言う。


『ずぅぅぅぅぅっと! ずぅぅぅぅぅううううっと! どこまでも広がってる荒野だ! 草木一本生えてやしない! んで、後ろを振り向くと、ちょっと離れたところに廃墟みたいになってる街が見えた! すげー怖かった! 捨てられた可哀想なお人形とかいっぱい転がってるタイプのやつ! めっちゃ怖くて、マッハで帰ってきた!』


 僕はその言葉を聞いて、少し目を細める。


「なるほど。……そこまでゲームの設定通りなのか」

『どー言う意味だ?』

「なあ、豪姫。君は、『運命×少女』というスマホのゲームを知ってるか」

『知らん』


 豪姫は唇をへの字にして、


『あたし、ガラケーだからな』


 では、一から説明する必要があるな。


「さっきと同じ言葉の繰り返しになるが、――いま、君のいる場所は、どうやら『運命×少女』の世界、……あるいは、それを完全再現した空間らしい」

『その根拠は?』

「いくつかある。例えばその部屋は、僕が遊んでいる『運命×少女』のルームをそのままの間取りになっているし、……何より決定的なのは地上の様子だ。これを見てくれ」


 僕はスマートフォンを手に取り、パソコン画面の前に持ってくる。

 そこには、あらかじめ準備していたとあるサイトが表示されていた。


『ふむ……なになに? ……せかい、が、しゅーまつ、を……』


 音読が苦手らしい少女の代わりに文章を読み上げるなら、こうだ。


【世界が終末を迎えてから、ちょうど百の年月が流れました。


 人類はいま、滅亡の危機に瀕しています。

 プレイヤーである”あなた”は、人類に遺された最後の希望にして、人工的に合成された人間、『運命少女』たちを一人前になるまで育て上げなければなりません。

 願わくば、あなたと少女たちが創り出す、人類の未来に一筋の光明が差さんことを。】


『なんだこれ。”えすえふ”ってやつか?』

「まあそんなとこだ」

『それがどうした?』

「ここに書いてあるだろ。――『運命×少女』は終末後の世界を描いたゲームだ、と」

『ほほう。なるなる』


 これまでの状況から推察して、豪姫もなんとなく事情を察したらしい。


『つまり、さっきあたしが見たのはその”終末後の世界”ってわけ?』

「そうなるな」


 僕は腕を組んで、苦々しく顔をしかめた。

 これを認めるということはつまり、この世に存在する各種超常現象の類も含めて、何もかもみんな認めることにもなりかねない、と、感じたためだ。


――今後はもう二度と、UFO特番で笑えそうにないな……。


 だが、豪姫の方はわりとあっさりと事態を受け入れたらしい。


『ほほう。そーかそーか。あたし、ゲームの世界に来ちゃったわけかぁ』

「おや。意外と冷静じゃないか」

『そりゃモチロン。だって面白いじゃん?』


 「面白いじゃん」って……、随分と軽いな。なろう系主人公か?

 だがしかし、――改めてそう言われてみると、実に興味深い事態ではある。

 僕だって中学生のころは「もしゲームの世界に転移したら」なんて想像を弄んだ経験があった。さすがに高校進学とともに、そうした空想遊びは卒業してしまったが……。


『もしあたしが本当にゲーム世界に来ちゃったんならさ、きっと何か目的があるってことだと思うんだ』


 確かに、なんの目的もないゲームというものは存在しない。


『だからきっと、その”目的”を達成したら、元の世界に戻れると思うんだよね。……そう思わない?』

「まあ、な」


 正直それは、何の根拠もない希望的観測に過ぎなかった。

 だが、それでも構わないとも思う。

 絶望に打ちひしがれるよりは、よっぽど生産的だ。


「それで……君はこれから、どうするつもりだ?」


 すると豪姫は、ずいぶん真剣な表情になって、僕を見上げた。


『まず、いっこ頼みがあるんだけども』

「なんだ?」

『この一件、できればあたしとあんたの間だけの秘密にしておきたいんだよ』

「何? 親御さんに知らせなくていいのか?」

『言ってなかった? あたし、家族はいないんだ。天涯孤独の身の上さ』

「……なんと」


 まったく知らなかった。

 どうやら僕はいつの間にか、とてつもなくデリケートな他人の事情に足を踏み入れていたらしい。


「しかしそうなると、僕は今後、まるごと全部君の面倒を見る羽目になるんじゃないか?」

『ざっつらいと』


 下手な英語で答えて、少女は挑むような表情を僕に向ける。


「犬猫を飼うんじゃないんだぞ。そんなこと簡単に了承できるか」


 それに正直、彼女の面倒を見る相手はもっと適役の人間がいるような気がした。

 例えば、クラスメイトの日野陽鞠がそうだ。豪姫と陽鞠は親しかったはずだから、きっと面倒をみてくれるはず。


「僕だって乗りかかった船だ。できるかぎりのフォローはするつもりでいる。しかし……」


 ずっと彼女の面倒を見るようなことは、できれば避けたい。

 僕のパーソナルスペースは僕だけのものだ。世界で唯一安穏と過ごせるのはこの場所だけだと言うのに、他人に介入されるのはごめんである。

 僕は薄情者だろうか?

 内心、自問して、……結論を出す。

 たぶん、ギリセーフ。僕の判断は一般的なものであるはずだ。


『あれ? 二つ返事でおっけーだと思ったのに』

「……どういう理屈で考えたらそうなるんだよ」

『だってあたし、もうこうなったらずっと裸でいるつもりだし。そうなるとオメー、いつでもおっぱい見放題ですよ? 月額料金もかからないんですよ?』

「君の控えめな胸の形状など、つい数分前から飽きが来ている」

『なんだとこのやろー!』


 実を言うとこれは嘘だった。だが、こうでも言わないと彼女は考え直さないだろうと思ったのだ。

 豪姫はしばらくの間、ウムムと考え込んでいたが、やがて別案を思いついたらしく、


『……なら、こういうのはどうかな?』


 と、意味深な表情で口を開いた。


『――なあ、先光灰里くん』


 ふいにフルネームを君付けで呼ばれて、心臓がどきりとする。

 そして彼女は、いかにももったいぶった口調で、こう言った。


『あたしはこれから、オメーの恋を応援してあげよう』


 ……と。


「どういう意味だ? 恋? なんでそうなる?」

『灰里の好きな女子って、日野陽鞠だろ?』

「なっ!」


 心に秘めていた最も核心の部分を看破され、言葉を失う。


「なんでそんなこと……」

『簡単な推理だよ、ワトスンくん。――さっき追い出した女の子のこと、”ヒマリ”って呼んでたよな? んでこのゲームってきっと、”びしょーじょゲーム”ってヤツだろ?』

「だからどうした?」

『知ってるぜ。“びしょーじょゲーム”ってのはフツー、女の子と疑似的な恋愛を楽しむモンなんだ』

「……そういう一面もある」

『そしてオメーは、その“びしょーじょゲーム”のキャラクターにクラスメイトの名前を付けていた』

「…………まあな」

『そうなると、……ま、自ずと答えは出て来るってものさ』


 僕は押し黙って、得意気に話す同級生の言葉に耳を傾ける。


『あたしは陽鞠の友だちだぜ? いわば、しゃべる攻略本ってやつよ。あたしのフォローがあれば、陽鞠と親しくなるのも難しくないってわけ』

 

 瞬間、僕の心に二種類の相反する感情が生まれた。

 一つは、その申し出にどうしようもなく惹かれている気持ち。

 もう一つは、そんなことはきっと実現しないだろうという、諦めにも似た気持ち。


「無理だ。不可能だ。物理法則に反する」

『何事もチャレンジ精神よ。やってみないことにゃあ、わからんさ』

「だって、――君だって、知ってるはずだろう? 僕は……」


 視線をそらして、言葉に詰まる。

 そして、我ながら狂気的なまでに除菌処理された部屋を眺めた。

 僕の脳裏に浮かぶのは、


――”宇宙人”。


 そう同級生に言わしめる原因ともなった性質である。


「……まともじゃあない。ちょっとしたカルタが作れるくらいの恐怖症を抱えてるんだ」

『うん。知ってる』


 対する豪姫は、かんらからと笑うだけだ。


「一日三時間は家を掃除しなければ落ち着かないし、手袋なしじゃあ他人と握手もできない。休みの日は『ドラえもん』に出てくるしずかちゃんよりも長く風呂に入るし、決まった食品以外はほとんど口に入れることができない。……それでも君は、僕と陽鞠をくっつけようとするのか? 直接手も握れないような男との仲を取り持つというのか?」

『それを決めるのはお前じゃない。あたしでもない。結局のとこ、陽鞠だろ』

「それはそうかもしれんが……」

『多少イカレてるくらい、問題にならないさ。――だってあんた、思ってたよかいいヤツみたいだし』

「なにを根拠に……」

『あたしの深淵なる洞察力をもってすりゃ、ちょっと話せばわかる』


 なんとまあ。

 非科学的な。

 だが、――少なくとも、悪い気はしなかった。

 うまく乗せられている気がしないでもないが、そこまで言うなら、僕もこの話に乗ってやることもやぶさかではない。


「まあ、いい。明日目が覚めてこのことが全部夢とかじゃなかったら、――少し考えてやる」

『やったね!』


 どうやら彼女は、自分の存在が夢幻でないと確信しているらしい。

 僕の方はまだ、これが現実に起こっている出来事だと確信を持てないでいるというのに。



 その夜、僕は夜遅くまで寝付けなかった。


 類まれな経験をした結果、興奮していた……とか。

決してそういうんではなく。


『ふにゅーっ、ふにゅーっ、…………ふーにゅぅうううううううううううう』


 単純に、この奇妙な同居人の寝息が煩かったためだ。


「やれやれ……」


 ライトノベルの主人公のようなため息を吐いて、僕は布団に包まる。


 スマホを別室に放り込めば済む話だと気づいたのは、次の日の朝のことだった。

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