第3話 ぼくのヒロインは服を着ない
コーヒーをごくりと飲んでから、ため息を吐くように話し始める。
「どうやらこれは、……ずいぶんとファンタジックな展開のようだぞ……例えるなら、少年誌に掲載されている、ちょいSF系コメディ漫画のような……」
狩場豪姫はというと、寝台の上であぐらをかいて、苦い表情を作っていた。
『うーん。みたいだなー』
個人的には、先程の“スマホの中のものに触れられる現象”についてもっと検証してみたいところだったが、豪姫が強姦魔でも見るような目を向けてきたので、保留にしておく。
「どうやら我々は、少しばかり話をする必要があるようだ」
『同感』
「だがその前にひとつ、頼みがある」
『……? なんだよ?』
「できればその、――何か服を見つけてきてもらえるとありがたいんだが」
豪姫は、僕が席を外している間もずっと素っ裸のままでいたらしい。
『なんで? ここは部屋の温度もちょうどいいし、裸でも問題ないと思うよ?』
何を言っとるんだこいつは。
「しかしその格好だと、目のやり場に困るじゃないか」
『ダメだ』
豪姫は、断固たる態度で応えた。
『あたし、服を着ると思考が鈍るからさ』
「……………………は?」
言っている意味がわからず、反論の言葉を見つけるのに数秒の間が必要だった。
「しかし君、学校ではちゃんと服を着ていたじゃないか」
『当たり前じゃん。裸で出歩くと警察の人が来てすげー怒られるって、小学校一年の時に学んだからね』
……待て。小1、だと?
「ってことは君、六歳まで裸で表を出歩いていたのか」
「わりと」
ジャングルの奥地に住む未開の原住民かなんかか、こいつ。
僕が言えたことではないが、どういう教育を受けてきたんだ。
『でもあたし、昔っから裸でいるほうが頭スッキリするんだよな。ぶっちゃけ学校にいる時はいつも頭にもやがかかったみたいになってた』
明るく元気で、クラスメイトに分け隔てなく接する文武両道の優等生。……そんな、僕が一方的に抱いていた豪姫に対するイメージが、がらがらと音を立てて崩壊していく。
あれはどうやら、”頭にもやがかかった”状態だったらしい。
「……しかし、パッドをしないと乳が垂れると聞くぞ」
『垂れるほどおっきくないから問題なし』
この女、どうやら”羞恥心”という概念を人生のどこかに置き忘れてしまったようだ。
「……まあ、いい。君が本当にそれでいいなら」
『ウム』
重々しく頷く豪姫。
「しかし、いちいち視線を逸らしたまま話をする訳にもいかないし、今後は躊躇なく君の身体を見ることになるぞ。それでも構わないのか?」
『全然オッケー!』
元気の良いお返事ですこと。
『親からもらったこの身体。何一つ隠す箇所なんてないさっ』
高校に入学して数ヶ月。まだ同級生全員の性格すらちゃんと把握できていない時期とは言え、こんな濃いキャラしてるヤツがクラスメイトにいたとは。
「では、本題に戻ろう。とりあえず一つずつ思い出してくれ。君がここに来る前の出来事を」
『えーっと。……朝起きて、歯を磨いてムダ毛処理して……』
「そこまで遡らなくていい。例えば、学校から帰ってからはどうだ?」
僕の知る限り、豪姫を最後に見かけたのは、担任の教師と終業の挨拶をした時。
「登下校中の買い食いは禁止です」的な連絡事項を、日直の豪姫が読み上げていたのを思い出す。
『確かあの後、
ふいに”ヒマリ”というワードを耳にして、反射的に視線を泳がせる。
「……しかし君、買い食いは校則で禁止だって話してたろうが」
『そだね。……はっ! ってことはあたし、校則違反の罰でこんなことに!? 江古高の闇に触れたか!?』
「それ、さすがに罪と罰の比率がおかしすぎるだろ。――それにもしそうなら、陽鞠さんも一緒にそこにいなければおかしいじゃないか」
『ですよねー』
豪姫もその程度のことは承知の上だったらしく、しれっと話を続ける。
『そんでその後……陽鞠と別れて、……近所のコロッケ屋さんでおそうざいを買って……その場で焼きたてのコロッケを食べて……クレープの屋台へ……』
「なんか君、喰ってばかりだな」
そんな横槍も、豪姫の耳には届かない。
何やら奥歯に何か挟まっているかのような妙な顔をして、頭を悩ませている様子だ。
『その後、うーん………うむむ………どうも…………よく状況を思い出せなくって……』
「なんだ。はっきりしないのか?」
『そーかもー。なんか、記憶にぽっかり穴が開いてる感じ。……なんか怖っ』
その様子を見て、少し不安になる。
本当に大丈夫か、こいつ。
『その後なんか、びゅーっとなってぎゅーんってなって、……今に至る、みたいな?』
「なんだそりゃ、ぜんぜんわからん」
『しゃあねえだろ。あたしだって訳わかんないんだから……っていうか』
そこで豪姫は、再び顔面に「疑念」の二文字を貼り付けて、
『そっちこそ本当に心当たりないんだろーな? 実は本当に宇宙人で、実験用サンプルとして人間を次々と誘拐しているとかじゃないだろーな?』
「……テレビの見過ぎだ」
『でも、おめーだって自分がまともじゃねえことぐらい自覚してるだろーが』
「それは、まあ……」
視線を逸らす。豪姫はさらに、畳み掛けるように言った。
『火のないところに煙は立たないって言うしなぁ』
「どういう意味だ?」
『だって、みんな噂してるぞ? オメーはアルファ・ケンタウリからやってきた宇宙人なんじゃねーかってさ?』
眉間を抑え、数秒ほど考え込む。
「……はっきり言っておくが、」
――ここは、有耶無耶な態度をとる訳にはいかない。今後のためにも。
「僕はその、事実に反している上にユーモアにも欠けるあだ名――“宇宙人”がどうとかっていうのを気に入っている訳じゃない。……それくらいはわかるよな?」
『そっか。……そりゃそうだよな』
「じゃあ、僕のことを二度とそういう風に呼ばないでくれ。僕はいつだって、このスマホをゴミ箱に放り込んで、新しいのと買い換えたって構わないんだからな」
それまで平坦な口調でしゃべっていた僕が、少し語気を強めたからだろうか。
『なんか、ごめん。いまのはちょっと、口が過ぎたよ』
と、スマホの中の少女はぺこりと頭を下げた。
そして、もごもごした口調で、
『……普段ならあたしも、そんな噂は気にしないんだけどさ。いまは状況が状況で……』
そんな彼女に、内心、妙な気分になる。
粗相をした小動物を叱りつけた時のような、妙な後味の悪さというか……。
「……いや、いいんだ。それより、とにかく君がこっち側に戻る手段を見つけなければ」
話を切り替えると、即座に豪姫は顔色を明るくして、
『……だな! さっさと帰ってチャンピオンの新刊読みたいしな!』
やれやれ。
そう簡単にことが運んでくれればいいのだが。
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