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思ったより中が広い。
そう考えたのは、三人組の一番後ろから歩いている和戸だった。
表面だけでなく、中の壁面も白く塗られた機械的な装丁。
同じく白くのっぺりとした廊下は、どこまでも続いているのではないかと錯覚してしまう。
今彼等が居るのは、中央の四角形に隣接した右側の正方形だった。
間隔を置いて、等しい割合で部屋が説置されている。
各信者のためのプライベートルームらしい。
一部屋試しに見せてもらったが、殺風景ながらテレビとベット、照明が完備されており、どちらかと言えばホテルのルームのようだった。
そしてそれらを過ぎた廊下の突き当りには、修行場と仰々しい名前がついている部屋があった。
さすがにここは宗教めいているのではないか。
ひょっこりとそこを覗いてみると、しかしあったのは想像していたような部屋ではなく、のびのびとした広い開放的な空間だった。
天井は透明のガラスで、そこから燦々と日が降り注いでいる。
中にはソファや長椅子など、くつろげる家具が広げられている。
信者と思われる仮面をつけた人々は、まるで自分の部屋にいるかのように、くつろいだ様子で座っていた。
まあ、その表情はうかがえないのだが。
「驚かれましたか?」
修行場を後にして、廊下を行く六人。
和戸の表情を見て取ったキサラギが言ったことだった。
「え、ええ。修行というからには、もっとこう、厳しい状態なのかと……」
「我々の教義は、究極、死に向かう、これだけです。その過程はさほど問題ではない。むしろ彼等には、存分にくつろいで欲しいのですよ。」
「な、なるほど」
そんな会話を交わしながら、彼等は中央の正方形に当たる建物にたどり着いた。
そこは広々とした空洞になっていて、奥の方にぽつんと、しかし堂々としたドアが屹立している。
「ここが私の部屋です」
そういってキサラギはそのドアを手で示した。
「後ほどご案内しますが、まずあなた方には見てもらいたいものがあるのでね」
「見てもらいたいもの?」
警部がいぶかしげな声をあげる。
「こちらです」
薄く笑ったキサラギは、そのままさっさと部屋を通り過ぎていく。
彼は、正面から見て左にあたる正方形の建物に入っていった。
慌てて後に続く五人。
そこには、先ほどの右翼と同じような空間が広がっていた。
白一色に染めれれた空間。
ホテルめいた部屋が等間隔に置かれ、それがどこまでも続いていく。
キサラギは狭い廊下をどんどん進んでいく。
五人はそれに無言で続いた。
やがて。
右翼の建物で言えば修行場であったそこに、今度はこれまた仰々しい名前のついた部屋がそびえていた。
その名も、「最期の部屋」。
「最期の部屋?」
と警部が頓狂な声をあげる。
「その通り、「最期の」部屋です。文字通り、断食を続けて体を極限まで弱めた信者達が、最期に入るところですよ」
そういって、キサラギは扉を開けた。
和戸が想像していたのは、部屋に雑魚寝している、まるで物質のように置かれた無残な信者達の姿だった。
ところが、案に相違して、そこにあったのは。
カプセルホテルのような空間だった。
それぞれのカプセルに、仮面を被ったままの信者達が収められている。
「ここで彼等は」
キサラギが説明する。
「穏やかな最期を迎えます。顔をお見せできないのは残念ですが、亡くなった後の彼等は皆、驚くほど穏やかな表情を浮かべているものですよ」
そこには、確かに人工的ながら、死の匂いが漂っていた。
思わず息を呑む和戸。
目を丸くする警部。
鼻白む車六。
二人の側近の表情はもちろん窺えない。
やがて自分達も入ることになるであろう部屋に、あるいは覚悟を感じていたのかもしれない。
その沈黙を破ったのもキサラギだった。
「死というのは、相対的な状態です。皆さんが思うような酷い状態ではない。生きているも死んでいるも、宇宙規模から見れば、小さな変化でしかないのですよ」
「なら、なぜ彼等は死に向かうんだ?」
「それが不浄から逃れる唯一の道だからです。生きているも死んでいるもマクロな視点から変わらないのなら、ミクロの面ではマシな世界に行った方がいい。そういうことです」
「ということは、あんたの宗教では、死後の世界を規定しているのか?」
「ええ」
キサラギは頷いた。
「そこは広い、輝く世界です。何の苦しみもなく、生きることによる不浄を生み出すこともない。生きるというのは、ある意味ではもっとも汚いことなのですよ」
「それは、人間の根本的な存在意義、生殖に反することなんじゃないか?」
キサラギは肩をすくめた。
「繁殖本能ですね。確かに遺伝子では我々はそうするよう仕向けられているのかもしれない。ですが、遺伝子の存在そのものが、所詮は近代の発見ですね。それは何も神というものではない。誰もがそれに従わなければならいということはないのです」
二人の宗教的な議論は続く。
元より入る余地のない警部は当惑するばかり。
和戸はといえば、そんな学もないので黙るしかない。
側近の二人は教祖の言に言葉を挟むはずもない。
というわけで、彼等二人の喧々諤々の議論は永遠に続くかと思われた。
死に行く人々を見守りながら繰り広げられるその議論。
それは何とも実際的で。
それでいて、ひどく空想的だった。
何十分も経った頃だろうか。
「さて、そろそろ私の部屋にご案内しましょうか。」
それは車六が、そもそもただの人間であるキサラギに、なぜそんな大層な宗教を開く資格があるのか、丁度問い合わせている時のことだった。
「議論の続きはそこででも」
「いいだろう。とっとと行こうじゃないか」
それが契機となって、ぞろぞろと廊下を行く一同。
最期の部屋から離れた和戸は、その空間の圧を改めて感じていた。
まったく、何と言う宗教だろう!!
……ところが、彼がその本当の恐ろしさを知るのは、その後のことだった。
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