第2話 エッフェル塔の前でダンス
高校の頃、留学先で、寮生活をしていた。
寮の廊下は、両側に沢山の部屋のドアが並んでいて、ビジネスホテルのようになっていた。私の部屋は、その廊下の一番奥。
ある日の放課後、学校から帰って、寮の廊下を歩き自分の部屋を目指していた。すると、どこからか、音楽がかかった。ロック。次々とドアが開き、部屋の中から外人が踊りながら出てきた。すぐに廊下はクラブと化した。
外人って、ノリがいい。
私は、廊下の奥の自分の部屋に行くために、そのノリノリな外人、約10人の中を通過しなければいけなかった。勇気が必要だった。私は、なんとなく、そのまま通ってはいけないと気を遣い、それまで踊ったことは一切なかったが、ぎこちなく、ステップを真顔で踏みながら通過。
その間、「ヒューヒュー♪ AKARI、GO、GO!」とか器用に腰を振っているみんなに言われたけど……。それ以上は踊れないから、そそくさと部屋に入った。
部屋に入ってベッドの上にドスンと座り、まだ聞こえるみんなの笑い声と陽気な音楽に耳を澄ました。すると、さっき見たばかりの、みんなの明るい自由で解放された踊っている姿が迫ってきた。まぶしいな、と、思った。羨ましかった。
*
数日後、踊りがうまいメイの部屋をノックした。
「ねえ、メイ。ダンスの仕方を教えてくれない?」
「もちろんよ!」
早速、メイはステレオのスイッチをオンにした。それから私を見て、「さあ、踊って!」と、軽く言う。
え? もう? なんにも教えてもらってないよ?!
私は、緊張した面持ちでステップを踏んだ。そんなガチガチな日本人を、笑顔で見つめるメイ。彼女は自信満々にまた言った。
「AKARI。目を閉じてごらん! いい? AKARIは今、フランスにいるわ。エッフェル塔が見える? AKARIはそこにいるのよ。さあ、自由にしてごらん。感じるの。体が動きたがっていることを!」
目を閉じて、メイの言ったとおりにイメージ。その気になった。
WOW!
私の体は動き出した。それは、まるで滑り出すような、なめらかな動き。くねくねと動く私の身体。足はあちこちにステップをふみ、上半身も自由を得たように動いた。メイは、笑顔で「ほらね! あなたは踊れるのよ!」と言った。
忘れられない不思議な体験だった。
今でも、私は踊っている間は自由を感じる。だから、誰にも見られない時に、つまり夫がいない時に、皿洗いしながら、野菜を炒めながら、こっそり踊る。そんなときは、いつもメイと、フランスのエッフェル塔を思い出している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます