第2話 エッフェル塔の前でダンス

 高校の頃、留学先で、寮生活をしていた。


 寮の廊下は、両側に沢山の部屋のドアが並んでいて、ビジネスホテルのようになっていた。私の部屋は、その廊下の一番奥。


 ある日の放課後、学校から帰って、寮の廊下を歩き自分の部屋を目指していた。すると、どこからか、音楽がかかった。ロック。次々とドアが開き、部屋の中から外人が踊りながら出てきた。すぐに廊下はクラブと化した。


 外人って、ノリがいい。


 私は、廊下の奥の自分の部屋に行くために、そのノリノリな外人、約10人の中を通過しなければいけなかった。勇気が必要だった。私は、なんとなく、そのまま通ってはいけないと気を遣い、それまで踊ったことは一切なかったが、ぎこちなく、ステップを真顔で踏みながら通過。


 その間、「ヒューヒュー♪ AKARI、GO、GO!」とか器用に腰を振っているみんなに言われたけど……。それ以上は踊れないから、そそくさと部屋に入った。


 部屋に入ってベッドの上にドスンと座り、まだ聞こえるみんなの笑い声と陽気な音楽に耳を澄ました。すると、さっき見たばかりの、みんなの明るい自由で解放された踊っている姿が迫ってきた。まぶしいな、と、思った。羨ましかった。



 数日後、踊りがうまいメイの部屋をノックした。


「ねえ、メイ。ダンスの仕方を教えてくれない?」

「もちろんよ!」


 早速、メイはステレオのスイッチをオンにした。それから私を見て、「さあ、踊って!」と、軽く言う。


 え? もう? なんにも教えてもらってないよ?!


 私は、緊張した面持ちでステップを踏んだ。そんなガチガチな日本人を、笑顔で見つめるメイ。彼女は自信満々にまた言った。


「AKARI。目を閉じてごらん! いい? AKARIは今、フランスにいるわ。エッフェル塔が見える? AKARIはそこにいるのよ。さあ、自由にしてごらん。感じるの。体が動きたがっていることを!」


 目を閉じて、メイの言ったとおりにイメージ。その気になった。


 WOW!


 私の体は動き出した。それは、まるで滑り出すような、なめらかな動き。くねくねと動く私の身体。足はあちこちにステップをふみ、上半身も自由を得たように動いた。メイは、笑顔で「ほらね! あなたは踊れるのよ!」と言った。


 忘れられない不思議な体験だった。


 今でも、私は踊っている間は自由を感じる。だから、誰にも見られない時に、つまり夫がいない時に、皿洗いしながら、野菜を炒めながら、こっそり踊る。そんなときは、いつもメイと、フランスのエッフェル塔を思い出している。

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