第46話 あ、そうですか。

 私って、素直なところがある。


 小説の書き方の本に、『小説とは、心情をなぞったものです』と書いてあったから、「あ、そうですか」って一生懸命心情をなぞってみたり。


 『一番大事なのは、自分にウソをつかないことです』とあって、「あ、そうですか」というわけで、自分にウソをつかない練習を続けてみたり。


 『書き終えたら応募しましょう。意識が高まりますから』とあって、「あ、そうですか」ってなわけで、書いて応募したり……。


 *


 私って、小さな頃から、素直なところがある。


 水泳を習っていた時も、『体の力を抜いてね。すると自然と体が浮きます。怖がらないで~』と、コーチに言われれば、「あ、そうですか」って、その通りにできた。というわけで、泳ぐのはうまかった。


 この「あ、そうですか」と素直に受け入れる性が、高校時代にカヤックで川下りをした時、私の能力を発揮させた。(カヤックは、クローズドデッキのカヌーで、足を前に投げ出すようにして座って、ダブルブレードパドルで漕ぐものです)


 父の気まぐれで、うっかり留学してしまった私。高3の時、留学先で、1週間のシャワーなしトイレなしのキャンプを体験した。その時出会った乗馬、ロッククライミング、カヤックはどれも素晴らしい思い出だ。いつか、あの1週間をきちんと文字にできたらいいのに、と思っている。


 カヤックでの川下りは、やっと最近日本で認知された競技だ。急流、しかも岩があちこちにあって、川の流れが変わる中、一瞬でパドルを入れるタイミングと角度を計算しうまいこと進まなくてはいけないのだ。


 私って素直なところと、一部、理系な脳がある。計算、証明問題、数学全般が好きだ。日本の物理の教科書ガイドを持っている。面白い。


 父の気まぐれで、うっかり留学なんかしなかったら、私はきっと日本の大学で理系を専攻して冷酷な理系女子になっていただろうと容易に想像がつく。数学を解いていると、感情がすーっと消えていく。


 日本で理系女子になっていたら、きっと私に告白した男子には真顔で、「私を好きって証明できますか? ラブレターはレポート用紙に証明問題様式でお願いします」みたいな女になっていただろう。絶対そう。冷酷女子。これは夫もそう言っているから本当だと思う。怖っ。


 話を元に戻すと、カヤック。外国人って雑だ。丁寧じゃない。


「はい。入って。足を伸ばして座って。これで覆うんだ」


 とカヤックに入ったところを覆うカバーを渡される。それを使いカバーしたら、その端にある小さな輪っかを指差し、


「いい? これをこう引っ張る。するとカバーが取れるから。カヤックがひっくり返ったら引っ張って脱出する。OK? さあ、まずはあそこだ!」


 指さされたのは、川じゃない。その上の岩場だ。その岩が滑り台みたいになっていて、そこから川にカヤックごと滑って入れと言う。明らかに初心者はひっくり返ることになるんだけど、「それが最初の遊びね!ヤッホー!」みたいな。外国って、非常に雑だ。丁寧じゃない。


「AKARI。泳げるよね?」

「はい」

「じゃあ、大丈夫だ」


 一度、陸でカバーを取り外す確認をしたら、もう、私はカヤックと一緒にその岩の上に連れて行かれる。カヤックの中に座らされる。カバーをさせられる。よし!準備は出来た!と言われ、


「GO!」


 押された。滑った。川にザップーんと入ったと思ったら、ひっくり返った。水中であの輪っかを必死になって探し、カバーを取り上げカヤックから脱出し、なんとかひっくり返ったカヤックにしがみつくが、必死の形相。だって急流。プールで泳ぐのは慣れているけれど、こんな急流。しかもカヤックでひっくり返るって……。


 なのに外人の先生は、カヤックにしがみついている私を、おかしいな?みたいな顔してしげしげと見る。


「AKARI。泳げるって言ったよね?」

「はい……」


 私の心配なんてしとらんのだ。外国人って雑。丁寧じゃない。次はもう、カヤックを持って、川に沿って歩かされ、川上へ。更に急流。


 先生は、“こいつきっとダメだろう。さっきの感じじゃ……”みたいな雰囲気を全面に出しながら急流の下り方を説明した。しかし一部数学脳を持っている私。パドルの入れ方を教わった時点で、脳が理系に切り替わったのか、恐怖という感情がなくなった。


 無の境地で静かに急流に入り、カヤックで下りながら、次にくる岩と流れを計算してパドルを入れ、自分の動きをそこに合わせていく。快感だった。逆算が好きだ。とても面白かった。


 華麗に下り終わり先ほどの岩場にたどり着き、カヤックを抱えさっそうとまた川の上へ走っていった私を、先生が口をポカーンと開けて驚いて見ていたのに気づいたけど、それどころじゃない。


 もう一度もう一度、あの快感を。


 そうやって私は何ども川下りを無心で楽しんだ。そのうちに「ひゅー~」と口笛。話したこともないクラスの男の子が真面目な顔で、「君のパドルをこぐその角度やフォームに感動したよ」と言ってくれた。


「ありがとう」と答えてやっと我に返った。


 本当はアウトドア派なのかもしれない。時々、まだカヤックで急流を下りたいと思う。


 あ、そうですか。




*すみません。「あ、そうですか」をどうしても使いたかったの。これが一番合うエピソードかなって……。それで、沢山使いました。すっきりした。るん♪


*すみません。外国では、雑な人が私の周りは多かったです。外国、外国人の雑さ、大好きです。誤解のないように言っておきます。雑なの、大好きです。あの、もちろん外国人ならではの優しい丁寧さありますよ。それも好き。あの……。でもアウトドアの場合……思ったよりも雑でした。私のクラスの先生が雑だったのかな……? あはは。あの……。まあ、いいか。外人これ読まないかな……。ノーオフェンス、ノーオフェンス。ね!

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