第43話 誕生日

 私の誕生日が近づいたある日、夫は、何故かうきうきしながら「何が欲しい?」と尋ねてきました。「特にありません」。即答です。


「君はつまんないな~。誕生日なのに。ケーキとかは?」

「じゃあ、チーズケーキで」


 あまり物欲がない私は、チーズケーキのみ頂くことにしました。


 *


 誕生日の夜、仕事が終わり、二人でテレビを観ながら食事をしました。いつもなら、さっさと一人で食べ終え、読んだり書いたりしているのですが、なんとなくせっかくケーキまで買ってきてくれて、申し訳ないので一緒に誕生日の夕食を、と思ったのです。


  ケーキくらい二人で食べないとね。


 しかし、その日は、NBAのバスケットボールの試合がやっておりました。ですから、夫は、私の誕生日のお食事を一緒にしているというよりは、バスケの試合に夢中。夫は、食いつくようにテレビに集中しながら、ちまちまとゆっくりオカズをつまんでいました。


 私は、球を中心に人間が必死であること、また、球を中心に人々が熱狂的に応援する姿を理解しきれないでの、「地球人って球好きね……」と、いつもスポーツは、かなり宇宙人的視点からみております。というわけで、結局さっさと一人で食べ終わりました。


 そんな中、『なかなか八村にガードがついていて、動けませんねー』と解説の方がおっしゃっていました。八村さんを知らなかったので尋ねました。


「八村て?」

「アメリカのプロリーグに入ったすごい子だよ、マークされてるんだよ」

「ほう」


 そろそろ、チーズケーキを食べよう。冷蔵庫にあるケーキを取りに行こう、と立ち上がりました。


 秒数にして3秒。歩数にして3歩。


 いち。テレビから『おーー?!」。テレビ画面を見つつ1歩目。テレビの端にから歩き始める私。


 。『八村あああああああああ!』二歩目で、テレビ真正面に立つ私。


 さん。『シュートおおおおおおおおおおお!』3歩目で、テレビ画面前を無事に通過。八村さんの漫画みたいな見事なダンクシュートをしっかりこの目で見ました。ひらりと八村さんが舞い降りました。


 よん。夫の慌てた声。「何なになになになになになになに? え? え?」


「あのね。八村さんがダンクシュートを決めました」

「マジかよ~!? かよ~!? なにこれ~? ウソだろ~!?」


 そう言い、笑いながら、脱力する夫を久々に見ました。


 そう。またなんです。


 このゴールの瞬間を見逃すという経験は、夫にとって一度や二度ではありません。この日本中が沸き立つゴールの瞬間、何度、私はテレビ前を通過したことかわかりません。そして、夫は、その貴重な瞬間を、何度、見逃したかわかりません。


 サッカー・FIFAワールドカップの時もそうでした。


 夫と一緒にテレビ中継の試合を観ていました。私は、トイレに行きたくなったか何かで立ち上がりました。でもきっと私はタイミング悪くテレビ前を通過してしまうだろう、という自覚のもと、テレビの端に立ち、そこからジャンプしたんです。一瞬で邪魔にならないように通りすぎるという作戦です。


 その一瞬でした。ゴールが決まったのは……。


 結婚してからというもの、夫は、のんびりとスポーツ観戦をしていられませんでした。私が一番良いところで、テレビ前を通過するので、そろそろゴールという時は、常に、犬に指示するような『待て』を手の平でつくり、「動くなよ~、動くなよ~」と私に言ったものでした。


 私が、カクヨムをするようになってから、夫は一人で安心してスポーツ観戦するようになりました。ですから、うっかりしていたんですね。


 『待て』をしなかった。


 何歳になっても、私のタイミングの悪さは、健在のようです。


 こういう可笑しな事が起きると思うんです。これは、冗談好きな神様がしているいたずらなのではないかと。もしくは、そういう神様に私はとりつかれているのではないかと。


 決して、故意ではないのです。できることなら、夫に見せてあげたい。その素晴らしい一瞬を……。

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