2-2同居
「というわけで、改めましてこんにちは。私は五十川麻紀です。今日から山瀬くんのお手伝いをさせていただきます。ですよね博士?」
兄貴が首を縦にふる。
俺はテーブルに向かって座る五十川さんを見た。とても可愛いクラスメイトが自宅にいる。それ自体は俺にとっていい事だし、悪いことではないのだが。
「なあ兄貴。彼女は一体なんなんだ」
「彼女は我がJHMT(japan human machine technology)社が誇る生体アンドロイドγ型タイプXナンバー01、個体識別名称五十川麻紀。僕の大事な愛娘だ」
「俺の聞きたいのはそういうことじゃなくてだな…」
どうやら兄貴曰く五十川さんは今日から俺の家で暮らすことになっているらしい。
もちろん俺はまだ了承していないが、彼女もすっかりその気のようで困る。
「五十川さんが人間ではないことはわかった」
「誠。生体アンドロイドな」
兄貴が注釈を入れる。
「五十川が生体アンドロイドってことを信じたとしてだ。なぜ俺は彼女と暮らさなきゃいけないんだ」
「ふつうの男の子はひとつ屋根の下で女の子と暮らすというシチュエーションが好きなはずです。私には山瀬くんが私と暮らすことを拒否することの理由が分かりません。ツンデレってやつなのですか?」
五十川は如何にもわからないといった顔をして首を傾げている。てか俺はツンデレじゃない。
だが確かに五十川の言うことには一理ある。俺も心の中ではそういうことを望んでいるし、この状況を嬉しく思ってたりもするのだが…
「俺は良くても、ここのアパートを借りてるのは俺の親だ。勝手に住人を増やすなんてお袋はまだしも親父は絶対にいいと言わんぞ」
しかし「ご心配なく」と兄貴は言った。
「おじさんおばさんには僕がたまに泊まるって言ってあるし、バレたところで彼女が家に来てるって言い訳すればいいんじゃない?」
「いやいやいや別に付き合ってるとかないし、そもそも家に彼女連れ込んでるとこ親に見られたら十分修羅場になり得るだろ」
中学の時に親の知らない女子が学校を休んだ俺の為に配布物持って来てくれた時、うちの母親は家中をひっくり返す程騒ぎ、父親は「お前この
「そんなわけで君が麻紀ちゃんと同居すれば麻紀ちゃんは君の家事を手伝ってくれる。僕は研究のためのデータが取れる。Win-winの関係なんじゃないかな」
兄貴に俺の悲痛な叫びは届かなかったらしい。しかし、それよりももっと深刻な問題がある。
「もしもだ。五十川さんが普通の人間生活が出来るとしてもだよ。食費とかどうすんの。学校に行くなら交通費もかかるし、俺は仕送りじゃ足りないからバイトまでしてんだぞ。もう一人養うのは金銭的に不可能だ」
しかし兄貴は大丈夫大丈夫と俺の肩を叩いた。
「口座教えてくれたらお金は振り込むよ。なーに研究の一環としてそれぐらいやっていいって許可貰ってるから十二分にあげれるよ。経費だからパーッと使っちゃえ」
社会人恐るべし。なんだか論破されそうだ。俺の脳内人格達を集結させて必死に考える。
金銭の面はクリア、親には黙っとけばいい、俺は楽できるようになる。外堀を埋められすぎてさらなる言い訳が出てこない。
脳内人格の一人が『こんな機会普通の人間には絶対ないぜ。折角だからもらっとけよ』なんて言い出した。確かに普通の人間は兄から美少女ロボットだかなんだかと同居しろ、と言われたりしないだろう。
俺は別に一般的な人間になりたいわけではない。一人前に陽キャやることなんてとうの昔に諦めた。だが、今の生活に変化はいらないかと聞かれてら間違いなくいると答える自信がある。
『積極的なアクションは全てにおいてよい結果をもたらす』と古谷は言っていた。
俺の思ってたこととは裏腹にイベントは向こうから降り掛かってきたが。しかしそれならばやはりそのイベントには付き合う以外の選択肢はない。そう俺は結論づけた。
「わかった。兄貴の話に乗ってやるよ。但し親にバレたらちゃんと言い訳して貰うからな」
「僕はきみがそう言うと思ってたよ」
五十川と兄貴は向かい合ってガッツポーズをしていた。
「そうと決まれば善は急げだ。車に積んだ麻紀ちゃんの荷物を取りに行ってくるから少し待っててくれ」
兄貴は玄関に向かう。
「博士。私も手伝います」
五十川の声に兄貴は「大丈夫平気平気」と答えると一人外へ出て行った。
さて。どうしたものか。家には俺と女子高校生が一人。
「山瀬くん」
五十川が俺に向かって正座した。慌てて俺も崩していた足を正す。
「不束者ですが今日からよろしくお願いします」
五十川が頭を下げる。ワンピースの胸元が開けて肌色が見える。やべぇ興奮してきた。
「こちらこそどうぞよろしく…」
こうして俺と生体アンドロイドである五十川との同妻生活が始まった。
兄貴がアパートの下まで車を持って来たあとは三人で部屋と車を往復して荷物を部屋に運び込んだ。といっても大した量ではなかったのですぐ終わった。ちなみに俺の部屋は201号室で階段を上がったすぐのところにある。
「あとは布団だな」
荷解きを終え、五十川によっていつの間にか淹れられていたお茶を飲みながら兄貴が言った。
「布団は持ってきてないのか」
ああ。と兄貴。
「前は研究施設にいたのですが、そこではベッドで寝ていたので」
「でもうちはベット置けるようなスペースないからなぁ」
リビングと部屋が一個あってもそれぞれ四畳あるかないかぐらいの狭さなので、テーブルと俺の勉強机でほとんどのスペースが取られている。更に五十川の荷物のお陰でとうとう足の踏み場がなくなった。
「なーに。二人いっぺんに真の布団で寝ればいいんだよ」
ブーッ。俺と五十川が一緒にお茶を噴き出した。雑巾どこ置いてたっけ?
「博士。セクハラは止めてください。訴えますよ」
五十川が兄貴をポカポカと叩く。おい兄貴。そこ俺に代われ。
でもでも。と兄貴は五十川を手で制しながら答える。
「布団の他にも箪笥とか他の家具もいると思うよ。今あるものだけでは足りない物は適宜買っててくれて構わないし領収書があればお金は出すよ」
「とりあえず布団はないと困るからネットで今日買うよ。それ以外のものは明日買いに行く」
今日も明日も特に予定がないので買い物に出かける時間は有り余ってる。ゲームに費やすはずだった時間が美少女との買い物デートに化けた、ってこれよく考えたらすごくない?
「話は済んだことだし、僕はそろそろおいとまさせていただくよ。夫婦水入らずなところを邪魔しちゃ悪いからね」
夫婦って絶対それ違う。
「じゃあ真、麻紀ちゃんのこと頼んだよ」
玄関で靴を履きながら兄貴が言う。
「もっとゆっくりしてけばいいのに。昼飯まだだろ」
「僕も色々と忙しくてね。君に麻紀ちゃんを届けるのも本当は別の人にやってもらう予定だったんだよ」
わざわざ仕事の合間をぬって俺に会いに来てくれたのか。土産はほんとに良かったよ。
「なんか…ありがとな兄貴」
いやいや。と兄貴は首を横に振る。
「さっきも言った通り実際に麻紀ちゃんと一般人とを生活させる時のデータを取らないといけなかったし、僕はあんまりそんなことしたくないけど商品として開発を進めるためには臨床実験はどうしても必要だからね」
よっこいしょ。と兄貴は立ち上がる。
「そういえば言い残したことがあった」
「なんなんだ?まさか家に監視カメラつけるとか言うんじゃないだろうな」
違う違う。と兄貴。
「実はさ、この一週間ぐらい麻紀ちゃんを僕の家に泊めてたんだけど」
兄貴が俺に耳打ちする。
「健康志向に目覚めちゃったらしくて添加物もりもりのレトルト食品を食べさせてくれなかったんだよねぇ」
「普通の飯食えばいいだろ」
田舎は食べもは沢山あるからそういったレトルト食品が食卓に並ぶことはあんまりない。なので兄貴は都会に出てからその反動のせいかレトルト食品を貪り食うようになり、今では食品添加物を一日口にしないと精神が安定しないとまで言っている。
「家に備蓄してたのも捨てられたからな…ああ楽しみにしてた博多限定の焼きそばUF〇…」
まるでムショから出たが行く宛のない人のような顔をしてやがる。ここまでくるとむしろ清々しい。俺は自炊する時もレトルト全く使わないから関係ないけどな。
「じゃあな真。また来るよ」
家の外に出て兄貴を見送る。リビングに戻ると外から車が発進して遠ざかって行く音が聞こえた。
さて。昼飯にするか。
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