二章 同居

2-1 同居

翌朝、俺は電話の着信音で目を覚ました。


「もしもし、山瀬です」


「おはようございます真さん」


古谷の声が聞こえた瞬間、俺は電話を切った。なんてことは無い。幻聴だ幻聴。

しかし俺のスマホは持ち主の気持ちを微塵も汲み取ることもなく再びけたたましく鳴り響く。


「いきなり切らないでください」


「要件はなんだ。手短に説明しろ」


「渡耒先輩より連絡です。明後日は職員会議の為部活はなしと。そして授業も午前中で終わるので昼に弁当はいりません」


まさかとは思ったが、そんなことで俺の睡眠を邪魔しやがって。こっちは後二時間ぐらいしか寝れないんだぞ。


「そんなこと金曜日に連絡されたから知ってるわ。同じクラスなのに伝えられてなかったとは言わせないぞ」


「いえいえ。念のために。ところでその日の午後は暇なのでどこか行きませ…」


ブチッ。通話を一方的に切り、今度はまた着信音が流れないようにスマホの電源を切ってやった。



時計の針はまだ八時を指している。二度寝する気にもなれなかったので俺はカーテンを開けてから台所へ向う。

炊飯器からご飯を茶碗によそってレンジに入れる。その間に冷蔵庫から卵を出して炒り卵を作った。炒り卵をごはんにぶっかけて醤油を垂らす。炒り卵かけご飯のできあがりだ。


「静かだなぁ」


今日は休日なので外から小学生の騒ぐ声も聞こえない。


「古谷はどうしてるのかなぁ。まさかもう一回電話入れてたりして」


スマホの電源を入れると新着通知が入ってた。

しかしそれは古谷ではなく、不明な番号からのものだった。


「これは…公衆電話からかな」


ピンポーン。


慌ててドアを開けるとそこには兄貴がいた。


「久しぶり。さっき電話入れたのに返事してくれよ」


公衆電話からの着信はおまえか。


「約束の時間よりだいぶ早いぞ」


「訳は今から話す」


ギュルルルルっというお腹の鳴る音が兄貴から聞こえた。




「で、言い訳を聞かせてもらおうか」


遠慮もなく俺の食べるはずだった炒り卵ご飯をかきこんでいる兄貴に問う。


「ホテルのチャックアウトを間違って朝起きた時にやってしまってね。朝5時に見知らぬ街に放り出されてんだよ」

ツッコミどころが多すぎる。

「朝に弱すぎるんだよ兄貴は。そういえば昔、無意識のまま学校に行ってたこともあったよな」

そうだな。と兄貴。

「そんなわけで行くあてもないから早めに来たってわけさ」


「それは半分ぐらい自業自得だが、大変だったな」


こんなことも兄貴らしいといえば兄貴らしい。彼は色々と凡人に比べて抜けてるところがある。


「まっ僕は天才だから何も持たずにここにたどり着くことが出来たんだけど他の人にはこんな真似出来ないでしょ」


「まさかまだ夢の中にいるなんて言わないだろうな」


兄貴は自他ともに認める超天才であり、それにまつわるエピソードは沢山ある。例えば小学生高学年の時に家の電話の配線を一人で直し中学に上がってすぐ、ちょっと雑誌を参考にしただけでそこら辺の廃材を使ってラジオを組み立てた。挙句の果てには田舎の底辺高校から日本で一番賢い大学に現役合格しやがった。しかも予備校に通っていなかったというから尚更驚く。

だが、兄貴の天才っぷりは勉強だけでは収まらない。兄貴の天気の読みの的中率はテレビの天気予報や地元で一番腕がいい猟師のそれも凌ぎ、全国的な凶作だった年には前の年からそれを察知し、町内会で三時間にも及ぶプレゼンで大人を納得させ被害を食い止めた。しかもそれは一回限りではない。

要するに本物の天才。中堅の公立高校で平均点ちょい下をさまよってる俺にその頭脳を半分ぐらい分けて欲しい。


「ところで、僕がどんな企業に勤めてるか知ってるかい」


「ああ知ってるよ。さんざん話されたからな」


兄貴IT関連の大企業に勤務している。IT関連とは言っているもののそれ以外の分野にも手を出しており、兄貴は機械系の開発部門に所属していたはずだ。


「実はね。僕は今、生体アンドロイドについて研究しているんだ」


「生体アンドロイド?なんだそれ」


「ふふ。知りたいかい」


兄貴は箸をカップの上に乗っけてテーブルに両肘をついた。


「君はロボットとアンドロイドの違いは分かるかい」


「似たようなもんじゃないのか」


「そう思うだろ?ところがロボットとアンドロイドは違う。ロボットは人に似せた機械のことを指すんだけど、アンドロイドは人造人間。つまり外見では人間とは区別がつかない機械のことを指すんだ」


「それって同じことじゃないのか」

俺は首を傾げる。

「だけど両者はやる仕事が違う。ロボットがやることは人間の作業の代行、特に単純作業や繰り返し作業をするんだ。だけどアンドロイドは人間そのものを真似ているから人間と何ら変わりないことが出来るんだよ」

……。

「さっぱりわからん」


「それだけじゃない。」


兄貴が目を輝かせる。俺の言葉は届いていないようだ。


「今新しい技術として生まれてきたIPS細胞を応用することにより本物の人間の体を持つアンドロイドが創れるようになったんだ。それが」


「「生体アンドロイド。」」

ハモった。

「しかも人工知能が生まれた今、プログラムだけでなく自分で考えて自分で動ける人間と何ら遜色のないアンドロイドが作れるようになったんだよ。すごいと思わない?」


確かに最近の技術革新はすごいと思う。ちょっと前には機械義肢の臨床実験が始まると言ってニュースになったし、大手の企業の在庫管理はもうほとんどが人工知能によって行われているぐらいだ。

だが。


「確かに理論上は可能になったわけだとしても実際に作るのは無理だろ。金かかるし、何より生命に関わることだから人権団体や自然保護団体が黙ってないだろ」


しかし兄貴は自信ありげに首を横に振る。


「ところが僕はね。数多の苦労を乗りこえ生体アンドロイドを創りあげたんだよ。世界で初めて。学校の友達に俺の兄貴が創ったって自慢してもいいよ!」


ばんざーい。

なんだかハイテンションだ。さっきまで空腹のあまりそこら辺をのたうち回ってた人間とは思えない。


「そして僕は今、家事負担を軽減するための家政婦アンドロイドを創ってるんだよ」


「それは人の役に立ちそうだな」


俺が一人暮らしで初めて苦労したことは家事だった。どうせ大したことないと思ってた頃の俺を全力でひっぱ叩きたくなったし、今すぐに実家で何人分もの洗濯や調理をしていた祖母とおばさんと母親の面前で地に頭を擦り付けて『これまで文句言っててごめんなさい』と謝りたくなったぐらいキツかった。

慣れてしまえばいい感じに手が抜けて楽になったが、いまいちやり残しが多くて腑に落ちない。最近忙しくなったので尚更家事に割ける時間と気力がなくなってきた。


「で、僕の愛すべき弟にその家政婦アンドロイドを一人、あげたいと思う」

は?

「誠は家事に困ってるだろうし、彼女いないなら同棲してる人がいても大丈夫だろ」


「いや待て。俺は兄貴と違って普通の高校生だ。そんな機械のメンテナンスなんてわかんないし、絶対壊す」

しかし兄貴は自信ありげに首を横に振った。

「だから言ったろ?人間と何ら変わりのない。って言ったろ?三食食わして寝かすだけだ。機械と違ってメンテなんていらないし、怪我ぐらいならするかもしれないけど壊れることなんてない」


兄貴の言ってることがホントなら確かに生体アンドロイドとやらを貰ってもいいかもしれない。家事の手間と負担が省ける以外にも何かと寂しい一人暮らしに華を添えてくれるぐらいは役に立つだろう。


「それに僕は君が実際一緒に暮らしてくれることによってデータを取ることができるから、今後の研究に役立つしね」


「じゃあもう少し考えさせてくれ」


「いや、誠。ちょっと待て。この件は____」


ピンポーン


またチャイムがなった。今日は来客が多いな。


「はーい。今行きまーす」


廊下を越え鍵を開けて重たい扉を開く。しかし俺はそこで素っ頓狂な声をあげることになった。


「は?」


そこには多分おそらく住所を教えたことない人間が居たのだ。まるで至極当然のような顔をして。


「おはよー」

後ろから兄貴がやってきて来客に挨拶をした。


「まったく。なんで急にホテルから居なくなるんですかね。部屋を訪ねたらものの抜け殻でびっくりしましたよ。それに車もないのでここ来るまでに電車賃がかかったので後でお金返してください」


「ごめんごめん。金はあとから真に貰ってくれ」

しかしお客様は、

「なんで山瀬さんに押し付けるんですか?小田川博士の不手際でしょう。私はそういうのキッチリする人間です」

と言いなすった。

さて、ここにいるのは紛れもなく俺のクラスメイトだった。その整った顔立ち、長く伸びた綺麗な黒髪、ほのかに香る甘い香り。昨日可愛い部類に入るとか俺は言ってたがそれは訂正させて貰おう。至近距離で見ると本当に可愛い、というか美しい。


「山瀬くん。おはようございます」


「お…おはよう」


そこにはくだんのクラスメイト、五十川麻紀が立っていた。

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