1-2 転校生

放課後、部室を訪れると珍しく渡耒先輩がいた。


「あれ。今日は何かあったんですか。部活に来るなんて珍しいじゃないですか」


「ああ誠か。今日は委員会の会議がある日だから古谷と東はそっちに行ってる。私は生徒会で用事があってだな。時間が余ってるから来ただけだ。部活はお前しか来ないだろうから休みにしようと思ってたところだがどうする」


今日は帰ってやることは特にないな。


「俺は構わないですよ。会議も四時半ぐらいには終わると思いますし、事前に連絡もしてないので部活しますよ」


鞄をほたくって愛用のパソコン(学校の備品)の電源を入れる。ブンッっという音がして見慣れたOSのロゴが画面に表示され、起動音が流れた。


「じゃあ、私は行くから誰も来なかったら鍵を職員室に返しといてくれ。何かあったら生徒会室にいるから呼んでくれ」


「普段部活に来ない先輩を呼ぶようなことは無いので大丈夫ですよ」


それもそうだな。と呟いて先輩は靴をはきかえて部室を後にしていった。





ここで少しコンピュータ部の活動を説明しよう。

活動日は平日のみで放課後五時頃までは作業をしていることが多い。活動内容は部員によって異なる。例えば渡耒先輩はOSを古谷はブラウザアプリをそして俺は部活のHPやら3Dモデルを作っている。部員は少ないのでやれることも少ない反面、実績を作らないと直ぐに廃部の対象になるためそこらのザコ運動部よりもたくさん賞をとってる自信はある。一応俺も何個かとったことがあり、賞状が部室の後方に飾られている。

といいましても大抵はイベントの手伝いをやった参加賞とかそんな感じの大したことないものではあるが。





キーボードでアカウントのIDとパスワードを入力し、ログインする。まずブラウザを開き学校のHPを検索、そっから部のページに飛ぶ。アクセスカウンタは昨日とあまり変わりはない。

ポチポチと別のページをクリックしつつ、流れてきた広告からネットニュースのまとめサイトに飛ぶ。

これはれっきとした調べ学習で決してネットサーフなどといった行為ではない。

たまたま面白そうだと思った記事に『未婚率の伸び過去最大となる』というものがあった。

この頃はサラリーマンの皆様は仕事仕事で婚活なんてしてる暇がないだろうしな。そりゃ未婚率も上がるわけだ。結婚したら結婚したで共働きが当たり前、ストレスは増える。みたいな感じで結婚しようと思うことすら減ってるんじゃなかろうか。

まあ俺みたいな彼女いつまでもできない勢がそのまま大きくなってるのが一番の問題な気もするのだが。





他にも色々な記事があったがなんだか後ろめたくなって俺はブラウザを閉じた。

それから細々とした作業をしているうちに午後五時、部活動の終了を告げる放送がなった。部活動の終了と完全下校の時刻はあって無いようなもので律儀にそれを守っているのは小さい文化部だけだろう。

パソコンをシャットダウンさせ、誰も来なかった部屋の戸締りを確認してから鞄を背負って靴を履き、扉の鍵をかけて職員室に向かう。

鍵束を回してチャリチャリと音を奏でながら今日の晩御飯は何にしようかと考える。明日は土曜日だから昼に温め直せるカレーにしようかな。あれは一日置いておくとまた違った美味さが楽しめる。それかいっそ奮発して値引きされた刺身を狙うか。



鍵を返して学校の外に出ると、そろそろ春の終わりを告げるかのような暑さがシャツの中に込み上げてくる。学ランの前をバタバタさせていると少しはマシになってきた。五月といったらまだまだ涼しいとばかり思っていた去年の俺は異常気象を疑いながら学校の中で1番最後まで学ランを着ていた。その名残というかなんというか脱いだら負け、って感じがして未だに脱げていない。

改札に定期を押し付けホームへ出て赤く染った空を見上げ今日の一日を振り返る。

混んでるような混んでないような微妙な人数の乗った電車で座席を確保出来たし、意外といい日だったかもしれないと考えているとふと、五十川さんのことが脳裏を過った。彼女はそういえばなんの部活に入ったんだろうか。もしも入っていないなら勧誘してみよう。きっとあの笑顔でいいですよ、と言って部室に来てくれるに違いない。そしたら東は少しぐらい驚くだろう。


電車を乗り換え、うたた寝していると降りる駅にすぐ着いた。今日の晩御飯はカレーでいいだろう。家に着いてからもう一度買い物をしに帰ってくるのもめんどくさい。

俺の住まいは少し古い1LKのアパートだ。住み始めたばかりの頃は狭いし学校からそれなりの距離があるのでもっといい場所に引っ越したいと思っていたが、住めば都というように今では結構気に入っている。

学ランとズボンを脱ぎ捨て、かわりにヨレヨレのジャージを着てキッチンに立ち野菜を剥く。

カレーだったら野菜は大きめに切っても圧力鍋で煮込めば柔らかくなる。鍋に油をひいて冷蔵庫から取り出した牛スジを炒めるといい匂いが鼻腔をくすぐる。



牛スジを炒め終えて鍋に水を入れているとポケットの中のスマホが鳴った。ロック画面に表示された相手を見て一瞬着るか迷ったが、ハンズフリーにして電話をとった。


「もしもし、俺は今料理中だから後で掛け直してくれないか」


棚からルウを取り出しながら俺は提案する。

「まあ急ぐようなことでもなかろうからこのまま話そうよ」


電話の声の主はそう言った。


「兄貴がそれでいいなら俺はいいんだけどうるさくて声聞こえなくても知らんよ」


「じゃあ、要件だけ先に言おう。明日のお昼ぐらいに君に会いたいと思ってるのだがどこで待ち合わせるのがいいかい」


「それはまた唐突だな。どんな風の吹き回しだよ」


鍋の蓋を閉じて密閉し、火力を少しあげる。


「仕事の用事でそっちに行くからたまにはかわいい弟の顔でも見ておこうかと」


だが。

俺は厳密には弟ではないな。





先程から俺が話している相手は俺の父方のいとこにあたる小田川国英おだがわくにひでという人である。

俺は四人兄弟で、妹と弟と姉はいたが兄はいなかった。なので兄代わりとしてよく一緒に遊んでもらっていたのが彼である。いとこは他に何人もいたし、友達とも遊んでいたがそれでも兄貴と一緒にいた時間が一番長いと思う。

知らないことはないし、格好がよく礼儀正しいそんな彼を俺は兄貴と呼んで慕っている。しかし兄貴は高校こそ地元のところに通っていたが、大学に行くタイミングで実家を離れてしまいそれからあまり会っていない。


「仕事かぁ。でも明日土曜日だぞ。休日出勤はしない主義なんだろ」


「だからたまには有給を稼がなきゃいけないし、ちょっと明日しなきゃ間に合わない仕事なんだ」


「わかった。どうせ明日は暇だからいつでも大丈夫だから、家に来てくれるとありがたい」


どっか行くと電車賃かかるし、そもそも外出たくないから嫌だ。


「早く起きなきゃダメだぞ。君は僕が起こしても絶対起きないだろう」


後で10時ぐらいには起きれるように目覚まし時計をセットしておこう。


「ところで真には彼女はいるかい」


思わぬその一言に俺は鍋に入れかけていた野菜を地面に落とすところだった。


「はっ!?いきなり何聞いてくるんだよ。切った野菜落とすとこだっただろ」


「いないんだな」


鍋に蓋をし、しばらくスマホを睨む。


「いなくて悪かったな」


自分でもびっくりするぐらいドス黒い声がでた。


「そうかそうか。まあ慌てなくてもまだまだ時間はあるし、嫁探すなら、地元帰れば縁談話大好きなおばさんがいい女の子を見繕ってくれるよ」


ははは。と電話の向こうから笑い声が聞こえる。


俺の母親は地元ではお見合いのエキスパートと言われており、本人が頼みもしないのにどこからとなく人を仕入れてきて縁談させている。母親の斡旋によって生まれたカップルの離婚率はたった1%と言うから恐ろしい。


「なんなら兄貴の嫁さんを探すようオカンに言っとくが。」


「僕はまだ独身だし…もうしばらくは一人暮らしを満喫したい。やっぱり一人っていいな。今日改めて実感したよ」


なんだか声が重たくなった。


「なんかあったのか」


・・・・・・・・・・・。


数秒の間の後、


「いや、なんでもないよ」


と返事があった。


「それじゃあ、明日の10時にそっちに行く」


「わかった」


俺がそう言うと兄貴は電話を切った。


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