第3話 笑顔が咲いた理由 ー1
管理課の仕事は地味である。というか仕事らしい仕事をトキはまだしていない。
もちろん資料室から資料室へ運ぶことや、灯から頼まれた資料を探すことも必要な仕事ではあるが、本部以外の付喪神を相手とする仕事はしたことがない。
「あたしはまだまだってことかな。うん、頑張ろう」
廊下を歩いていたらどんどん頼まれてしまい、積み上がった資料を抱え直した。
「頼まれた資料ですー」
「あ、トキちゃん」
ちょうど資料室の参にいた女郎花に呼び止められた。
「ともるんと一緒に聞き取り行ってきてくれるかしら?」
「聞き取りって、開化した人に話を聞きに行くっていうお仕事ですよね」
「そうそう。勉強してるのね、えらいわー」
「あたしも一緒に行っていいんですか?」
「そろそろトキちゃんも初仕事の時期かなってね。まあ、一人じゃなくてともるんと一緒だから安心して」
「はいっ」
嬉しさと期待で自然と肩が上がる。舞い上がってはいけないと思いつつも、初仕事という言葉に顔がにやけてしまう。
「資料は置いといていいから、ともるんと合流してちょうだい」
「はい。いってきます!」
「頑張ってきてね」
灯がどこにいるか分からなかったから、トキは鳩を飛ばすことにした。鳩に懐いてもらうことは大変だったが、その後の手紙をやり取りすること自体はすぐに習得出来た。
「ほいっ、灯さんのところまでお願いね」
鳩はトキの言葉を分かっているのか、一鳴きして吹き抜けを羽ばたいていった。
十分ほどして、灯が階段を下りてトキが待つ玄関までやってきた。
「すまん、少し資料に埋もれていてな」
「埋もれてたんですか!?」
「大丈夫だ。聞き取りに行くってことはあいつから聞いたんだな?」
「はい」
「聞き取りの詳しいことは?」
話を聞きに行く、ということしか知らないのでトキはふるふると首を振った。
「じゃあ、出る前に少し話しておくか」
トキは手招きされるままにソファに座った。ゴホンと咳払いをしてから灯が話し始めた。
「最近開化した者がいると報告を受けたら、管理課が話を聞きに行くんだ」
「すごく初歩的な質問ですけど、何を聞くんですか?」
「どこにいたのか、誰のもとにあったのか、それまでのことを聞く。そしてそれを資料にまとめるんだ。資料室にあるのはだいたいそうやって制作されている」
「……そこまで聞くんですか」
トキは無意識だろうが、少し怪訝そうな表情を浮かべている。うーん、と灯はしばらく悩み、言葉を選んで説明を捕捉していった。
「管理課に来る相談のほとんどは誰かを探して欲しい、だ。直接探し人と関係がなくとも、同じ町にいたことがあれば、何か知っているかもしれないとそいつに聞きに行くことが出来る。それが手掛かりになることもよくある」
「なるほど……」
「それに、その記録によって共通点が見つかり、交友関係が出来ることもある。ヒトの中に紛れる場合でも、永くある付喪神にとって、そういう仲間は必要だからな。情報は必要だ」
トキは大きく頷いてみせた。情報が重要なことはよく分かったし、何より灯の熱意がひしひしと伝わってきた。
一瞬ほっとした表情を見せた灯は、自分の膝に手をついて立ち上がった。
「よし、じゃあ行くか。報告があったのはここから少し先の公園の近くだ」
「あなたが最近開化した、麦わら帽子の方ですね」
事前に聞いていた外見の特徴から、一人の付喪神に声をかけた。緊張で多少声が上ずったが、噛んだりはせず順調な滑り出しである。
「あんたたちは?」
彼女は、二十代後半の女性の姿で、気が強そうなつり目と小麦色に焼けた肌が印象的だった。加えて、彼女は背が高く、普通に話していてもトキと灯は見下ろされる形になる。
「付喪神統括本部・管理課の者です」
「ああ、あんたたちが。で、何の用?」
元々の性格なのか、歓迎されていないのか、強めの口調にトキが後ずさったのを見て灯が話し役を交代した。
「ちょっとした取材だ。物は今どこにあるんだ?」
「あの家のリビング。動かせないから見せられない」
「そうか。じゃあ話だけでも聞かせてくれるか?」
「まあいいけど。場所を変えましょうか。こんなヒトが多く通るところでする話でもなさそうだし」
「ああ。少し歩くが、ちょうどいい喫茶店がある」
そう言って着いた喫茶店の店内はアンティークな物で統一されていて、ゆったりとしたオルゴール調の音楽が流れていた。奥にいる店主に灯は目配せをして、そのまま席についた。店主とは顔馴染みらしい。トキと灯は彼女と向かい合うように座り、簡単な自己紹介を済ませた。
「麦わら帽子が百年の時を在り続けることは、耐久性などから珍しいそうです」
「まあ、もう帽子ではなくなってるけどね」
「?」
「さすがに劣化してるから、色々と補強して、リボン巻いて、ひまわりの花を飾り付けて。今は壁にかけるオブジェみたいになってる」
口調はそっけないが、表情は柔らかく、現状を気に入っているように感じられた。
「わあ、それは素敵ですね。ぜひ見てみたいです」
「いい持ち主だな。ずっと同じところに?」
「いや。あの家にはろくじゅ――待って。もしかして今までのこと話すの? これ」
彼女は言いかけた言葉を引っ込めて、灯に疑念の目を向けた。その目線をそのまま受け止め、灯は簡潔に答えた。
「そうだ。どこにいて、どれくらいいたか、どんな物と会ったか。俺たちはそれを聞きに来た」
「嫌。話すことなんてない」
拒絶の意が、短い言葉と決して合わせない目線で伝わってきた。しかし、トキはぐっと両手に力を込めて、口を開いた。管理課の仕事をするために。
「教えてください。必要なことなんです」
「嫌。話したくない」
「素敵な持ち主の方々について、聞かせてください」
ひるまず、さらに言葉を重ねたとき、そっぽを向いたままの彼女の肩がぴくりと動いた。
「素敵な……? 方々……?」
「はい!」
話してくれる気になったのかと、トキはぱっと笑顔になる。が、こちらを向いた彼女の表情を見て、それが勘違いだったことに気づく。
彼女の目は射抜きそうなほど鋭く、トキに向けられた。
「あんたに何が分かるの!? そんな風にへらへら笑って、今までさぞ幸せだったんでしょうね!?」
「あたしは……」
「もういい。こんな話に付き合ったのが馬鹿だった。二度と顔見せないで」
彼女はガタっと音を立てて椅子から立ち上がり、喫茶店をさっさと出ていった。
「待っ」
「いい。追わなくていい」
「でも」
「今行っても話してはくれないだろう」
灯にたしなめられて、トキは再び椅子に体を預けた。その背中には、彼女からの敵意と灯の役に立てなかったという事実が鋭く突き刺さる。
「ごめん、なさい」
涙がこぼれそうなのをなんとか堪えて、そう口にした。
「気にするな。最初から上手くいくことの方が少ない」
灯は俯いたトキの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。髪の毛がぼさぼさになってもまだやめない。思わず髪を両手で直しながら灯に小さく抗議した。
「灯さん、髪の毛が」
「ん、顔上げたな」
トキと目が合ったことを確認した灯は、そっと笑みを浮かべた。すぐに真面目な顔に戻って付け足した。
「まあ、あいつは何か抱えているようだしな。一瞬、影が視えた」
「影、ですか?」
「暴徒化するやつには兆しがある。目に影がかかることだ」
「うーん……」
彼女の目を思い出してみて、影のようなものはなかったが、そもそも目を注視するほど余裕もなかった。
「慣れると視えてくるだろう。今回は一瞬だった上に、そこまで濃くなかった。が、何かあるのは確かだろう」
「もう一度聞きに行きますか……?」
トキはぐっと両手を握りしめてその言葉を口にした。二度と顔を見せるなという棘は刺さったままである。
「いや、話したくないことを無理に聞くことはない。だが、暴徒化の可能性があるのなら、把握すべきだ。調べるぞ」
「調べるってどうやって……」
「こういうときの管理課の情報だ」
灯はトキに向かって得意気に笑ってみせた。
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