第2話 電話ごしの声 ー4(了)

 周りを見渡そうと思ったら、天井が見えた。どうやら横になっているらしい。トキはゆっくりと起き上がった。


「トキちゃん! 大丈夫!?」

「鈴蘭さん、あたし、過去がみれました」

「え!?」

「三年前のはなのさとをみてきました。たぬきの置物が割れちゃうのをみました」

「たぬぬぬのこと、なんでトキちゃんが!」


 鈴蘭は驚いて、反射的にカウンターの上を見た。それは、トキが過去でみたのと同じ所だった。


「トキちゃん、ほんまに過去をみてきたんやね」

「はい。言葉が鍵だったんですね。びっくりしました」

「私たちの方がびっくりしたよ!!」

 怒ったような表情で、ずいっと鈴蘭に顔を寄せられた。竜胆も横で何度も頷いている。


「トキちゃん、『時よ、戻れ』って言った途端、気を失っちゃって、でも懐中時計はぎゅっと握りしめてて、苦しそうだったりもしないから、とりあえず、様子を見ようってここに寝かせたの」


 そんなことになっていたとは思わず、トキは改めて懐中時計を見つめた。開くと、右回りに針は進んでいる。


「これは、ちゃんと時と場所を選ばんと周りの人らがびっくりしてまうわ」

「そうですね、気をつけます」

 事の重さを充分に承知して、トキは大きく頷いた。


「もう少し正確に能力の条件とか知っておくことも必要だよ。トキちゃん疲れてない? もうちょっと実験してみよう」

「はいっ。いけます!」



 それから、想定する時間や場所を変えて何度も試してみた。ところどころで甘いもの休憩を挟みつつ。


「で、分かったのは、過去をみる場所は名前や情報があれば、たぶんどこでもいける。それからたぶん時間もどこまでも遡れる。ってとこかな」

「まあ、ざっくりまとめるとそうやね。ただ、時間も場所も遠すぎると眩暈が起こってまう。回数が増えても同じことやろうね」

「トキちゃんの体への負担が大きそうだね」


 横長のソファに横たわって、弱々しく「だいじょうぶですー」と言うトキを振り返り、姉妹は息をついた。


「トキちゃん、私の経験上、慣れでどうにかなる部分もあると思うんだ。でも、限度はある。使いすぎは良くないからね」

「はーい……」

「今はゆっくりしとき。あったかいお茶でも用意するわ」

「リン、私のもー!」

「はいはい」


 眩暈がだいぶましになり、トキは体勢を起こしてソファの端に座った。その空いたところに鈴蘭が腰かけてきた。


「いよっと。トキちゃん、もう起きて平気?」

「はい。もう大丈夫です」

「よかったよかった。じゃあさ、彩を使えたこと、ともるんに教えてあげたら? まだ端末では話してないんでしょ?」


「端末で……。本部に帰ってから話そうかなって思ってました」

「好きな人の、声だけを聞く、っていうのもなかなかええんよ」


 温かいお茶を差し出しながら竜胆はそう言った。両手でそれを受け取ると、手のひらにじんわりと温かさが広がった。


 姉妹に背中を押されて灯に端末で話そうと思ったトキは、ふと疑問を持った。本部内を飛ぶ目がくりくりしたあれに。


「そういえば、端末があるのに、どうして本部の中では鳩を使うんでしょう」

「ああ、それはね、疲れちゃうからだよ」

「?」

「うちらが持ってる端末は、修理課の人が作った特別なもんやの。その動力は付喪神であるうちらの体力」


「一回端末を使うと、階段を一階分ダッシュした感じで疲れちゃうんだ。距離があるときは便利だけど、本部内なら鳩を使った方がいいんだよね」

「なるほど、そうだったんですね」

「あ、受ける方はそんなに疲れないよ」


 だから鳩の扱いの習得は重要度が高いと言われたのかと、トキは以前メモしたことを思い出した。


「でも、竜胆ねえさんも鈴蘭さんも普段お店にいるなら、端末よく使うんじゃ……? 疲れないんですか」

「そのために、体力はつけてるよー。おかげで回数とかあんまり気にせず使えてる」


 鈴蘭はぐっと親指を立てて見せた。微笑むだけで何も言わないが竜胆もきっと同じなのだろう。


「じゃあ、あたし、灯さんにかけてみます」

 ぐっと気合いを入れて、トキは灯の端末へかけた。呼び出し音の間、ドキドキと心臓の音が聞こえてきた。ほぼ毎日会って、話しているというのに。


『はい』

 少し掠れた灯の声が聞こえてきた。急に緊張してしまい、無言の時間を作ってしまった。


『ん、どうした。トキだろう?』

「は、はい。トキです! あの、彩を使えました。竜胆ねえさんと鈴蘭さんに手伝ってもらって」

『もう出来たのか。すごいな』

「まだまだ練習はいりますけど」

『そうか』


「あ、あの、灯さんの彩って何ですか」

『あー、俺はもうイロは使わないことにしてるんだ。すまないな』

「そう、ですか」

 またしても絶妙な沈黙。


『……店にはまださつまいも料理残っているのか?』

「へ? はい。まだ少しありますよ」

『じゃあ、お前を迎えに行くついでに少し食べることにしよう』

 灯が端末の向こうで笑った気配がしたと思ったら、通話は切れてしまった。


「どうやった? 初通話の感想は」

「初は私とだもーん」

「ほな、初の灯はん通話やろか?」


 端末を握りしめたままトキは動かない。どうしたのかと、二人はトキの顔を覗き込む。


「あれー、トキちゃーん?」

「つ、疲れました……」


 トキは、一拍置いて、ぼふっとソファに体を預けた。実験の疲れと、階段一階分のダッシュがなかなかにきている。


「あらあら、灯はんに迎えに来てもらう?」

「来てくれるそうです……」

「あ、そうなん? 心配性というか過保護というか」

「ちっちゃいくせにねーー」


 姉妹は顔を見合わせて、こっそりと笑い合った。

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